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「……え?」
それにどういう意図があるのか分からず、リアーヌはポカンとしたまま差し出されるコップを受け取る。
「お二人でこの花に水をかけてください」
「……あげる、ってことでいいのかな?」
ディルクの言葉に、ゼクスも首を傾げながらたずね返す。
「はい。 しかし花に水がかかるように」
「……花に?」
首を傾げあい、困惑顔の二人とは対照的に、ディルクはニコニコと笑いながらリアーヌたちを見つめている。
「……やってみようか?」
「はい……!」
二人は困惑しながらも、好奇心をのぞかせた瞳で見つめ合うと、コクコクと頷きながらグラスを傾ける。
そろりそろりと傾けるリアーヌを手伝うようにゼクスが自分の手を添え、二人はリンゼルの花をじっくりと観察しながら水を垂らしたのだった。
「――わぁ……」
「これは……」
じっくりと観察していたのだが、目の前で起こったことが信じられず、目を見開いて驚く。
その側で、ディルクは得意満面の笑顔を浮かべていた。
「花びらが透明になっちゃいましたよ⁉︎」
「……濡れていないところは白のまま――見ているものが信じられないよ……」
「うわぁ……――ガラス細工みたい……! キレー……」
「ああ。 とっても綺麗だ……」
興奮したように話し合う二人。
よほど驚いたのか、視線はリンゼルの花に固定されたままだった。
しかし、しばらくそうやって眺めていると、リアーヌが不意にクスクス肩を震わせと笑い出した。
「ふふっふふふっ」
「――どうかした?」
リアーヌが笑い出した理由すら分からないゼクスは、困ったように眉を下げてだずねる。
「だって……――本当に幸せになれちゃったから」
「――本当だね?」
先ほどの会話を思い出し、二人は顔を見合わせクスクスと嬉しそうに笑い合う。
「……綺麗だね?」
「はい、とっても!」
改めてたずねるゼクスに、リアーヌは元気よく答えるのだった。
「――そうだ。 ガラス工房に頼んでリンゼルのアクセサリーを作ってもらおうか?」
「いいですね⁉︎ 絶対売れますよ!」
リアーヌはゼクスの言葉に瞳を輝かせながら答える。
こんなに綺麗な花を見た後ならば、絶対に爆売れ間違いなし! と確信まで持っていた。
「……――俺、リアーヌへのプレゼントの話してたんだけどな……?」
「ぇ……」
困ったように頭をかきながら言ったゼクスの言葉に、リアーヌの動きが止まる。
そして、嬉しさからなのか羞恥心からなのか……かあぁぁぁっと顔を赤く染めるとなんと答えるべきなのか、キョドキョドと視線を揺らし「ぁ……ぇと……」と、喘ぐように意味のない言葉を発し始める。
そんなリアーヌを見つめ、ニヤリと人の悪い微笑みを浮かべたゼクスは、立ち上がり大袈裟な仕草でダンスを申し込む時のように手を差し伸べながらのおじぎを披露する。
「――受け取っていただけますか?」
そう言いながら少し顔をあげ、リアーヌの反応を楽しんでいる。
そんなゼクスの態度に少し唇を尖らせたリアーヌは、大きく息をつき少し冷静になると、ツンッとアゴをあげ、わざと勿体ぶるような仕草でゼクスの手に自分の手を重ねた。
「……そこまでいうのなら?」
「光栄でございます」
そう返したゼクスは、リアーヌの手を取り、グイッと自分の方へ引き寄せる。
それはダンスの時であるならば、座っている女性を立ち上がらせる方法の一つではあったのだが行儀の良い方法ではなく――よって、社交界に滅多に顔を出さないリアーヌが教わるわけもない方法だった。
それによりなにが起こったかというと――
「ぅわ⁉︎」
「おっと⁉︎」
リアーヌは立ち上がりはしたがバランスを崩してしまいタタラを踏み、ゼクスはリアーヌが転んでしまわないように助けようと手を回し――
二人はダンスの時のように密着し、ダンスの時よりもずっと至近距離で顔を見合わせることになった。
「ひぁ⁉︎」
「ぁ、ごめ……」
真っ赤になった二人は、バッと顔を離すが、お互いの体からは手を離そうとしなかった。
それは離すとまたバランスを崩してしまう危険があったからかも知れしれないし、その程度ならばダンスで慣れ親しんだ距離感だったからかもしれないし――
……もしかしたら、互いに離れたくないと思った結果なのかもしれなかった。
「――少々距離が近すぎるように思われますが?」
そのままの体勢で、頬を染めながらチラチラとお互いに視線を向け合う二人に、いつもより何段も低いアンナの声がかけられた。
その言葉に自分達の距離を確認した二人は、パッと手を離すとようやく適切な距離をとった。
「――これは失礼を」
「……あの、ごめんなさい」
そしてバツが悪そうに二人は、アンナに向かって謝罪の言葉を口にする。
アンナはそのことにさらに眉間に皺を寄せるが、さらに身を小さくしてしまった主人に免じて、それ以上の小言を口にすることは控えることにした。
その後リアーヌはゼクスの仕事の邪魔にならない程度の会話を少し楽しむと、子供たちへの報酬を考えるべく集会場を後にした。




