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リアーヌは二人の言葉に納得し、なんともいえない表情を浮かべた。
「……本当に栗のケーキ?」
「あー――別のにする!」
懇願するような姉妹の視線に、リアーヌは満面の笑みで意見を変えた。
「――本当⁉︎ やったぁ!」
「楽しみだね⁉︎」
「うん‼︎」
リアーヌの答えに満面の笑みを浮かべながら喜びあう姉妹。
そんな二人を見つめ、リアーヌは必死にこの後なにを作るべきなのか頭を回転させていた。
(――この感じ……多分クッキーとか、村で買えるお菓子じゃダメなんだよね……? え、それでショートケーキも潰されて……?)
「――この村って、マカロンとかマフィンとかって売ってるかどうか知ってますか?」
リアーヌは声をひそめ、後ろにいたアンナにたずねる。
「――売っているかどうかは分かりませんが……――花園で販売している菓子の中にマカロンとマフィンは存在しています」
「あー……ね?」
(ならきっと食べたことぐらいある……――っていうか、ケーキ同様飽きられてる説まであるな……? え、それ以外の王都で売られてるお菓子なんて、今から用意出来る……?)
きゃいきゃいと楽しそうに村へと戻る子供たちの後ろ姿を眺めながら、リアーヌは嫌な汗が背中を伝う感覚を味わっていた。
(なにか、なにかいいアイデアを考え出さなきゃ……)
◇
子供達への報酬に頭を悩ませていたリアーヌの元に、ゼクスが視察から戻ったとの知らせが届いた。
リアーヌは一旦“木の下の”の話をするために、集会場の一室に構えられたゼクスの執務室を訪れていた。
(とりあえず王都のお菓子は置いといて、この花の確保はちゃんとしておかないとねー……)
執務室の中に通され、ソファーに腰掛けると、すぐさま話を始めるリアーヌ。
「こんな花を教えてもらいまして……」
そう言いながら、アンナが丁寧に鉢に植え替えてくれた“木の下の”を差し出すリアーヌ。
「へぇー可愛い花じゃないか」
「はい。 村の子供たちに教えてもらって採ってきたんですけど……これを花園に飾ることは可能でしょうか?」
「見覚えはないな……――この花の名前は?」
「えっと、ですね……?」
ゼクスからの当たり前とも言える疑問に、リアーヌは口ごもり視線を左右に揺らす。
(え、どうしよう。 ここで勝手に適当な名前、付けちゃっても良いのかなぁ……?)
リアーヌが戸惑う様子を見て、どう思ったのか、同じ部屋の中にいたディルクが、控えめな声で言葉を紡いだ。
「――リンゼルという名前の花です」
「……え?」
キョトンとした顔つきでディルクの顔を見つめるリアーヌ。
「ふぅん……名前も可愛いね? ……リアーヌ、どうかした?」
ディルクを見つめるリアーヌを訝しむようにゼクスが声をかけた。
「あ、えっと……――ちゃんとした名前があったんだなって……」
「ええ……?」
リアーヌの答えに、困惑した声をあげるゼクス。
「だ、だって! 子供たちみんな“木の下の”って呼んでて!」
だからてっきり! と続けるリアーヌの言葉にクスクスと笑いながら答えたのは、唯一この花の名前を知っていたディルクだ。
「そうですね、この村では大体それで通じてしまいます。 冬に咲く花というだけで限られてしまいますし、この花は木の下にしか咲かないものなので……」
その説明をフムフムと大きく頷きながら聞くリアーヌ。
(言われてみれば、冬の花なんてそこまで無いもんね?)
「――でもリンゼルって名前も可愛いですし、名前も形もベルっぽいし、これは花園で人気が出ますよ⁉︎」
「欲を言うならもう少し雪に映えてくれるほうが良かったけど……――今の季節なら、咲いてくれるだけで御の字だ」
「映えない方が探す難易度が上がるんで、好都合じゃないかと……」
「……難易度?」
ゼクスはリアーヌの話の意味が分からず、首を傾げながら視線で詳しい説明を求めた。
その視線にリアーヌはニヤリとイタズラっぽく微笑み、内緒話をするように声をひそめ、口元に手を添えて話し始めた。
「なんでも花園には冬にしか見つけられない小さなベルがあって、それを見つけられた人には幸せが訪れるんだそうですよ?」
「――……それがこのリンゼル?」
「はいっ!」
リアーヌは得意げに胸を張って答える。
「リアーヌ天才。 いける。 その話、絶対いける!」
「ですよね⁉︎」
ゼクスに褒められ得意満面のリアーヌは、ふへへーっと身を捩らせながら頬を押さえる。
しかし急に真顔に戻り、今度は心配そうな顔つきでゼクスに向かってたずねる。
「……この花って使えますかね? どこかのお家の紋章になってたりしませんかね?」
「リンゼルって花は聞き覚えが無いから大丈夫だと思うけど……――もしどこかの家が使ってたとしても、こっちで交渉しておくよ」
「ありがとうございます!」
ホッとしたように答えたリアーヌは、嬉しそうにリンゼルの花をちょんちょんっとつついた。
「ああ――リアーヌ様、もうすでにその花で遊んでみましたか?」
「え……子供たちみたいに指にはめて――とかですか……?」
リアーヌのは答えにディルクは困ったように曖昧な微笑みを浮かべながら答えた。
「――では無いですね。 あー……っと本当は朝露なんですけど――今回はこちらで……」
そしてそう説明しながら、部屋に置いてあった水差しからコップに少しだけ水を注ぐと、ディルクはそのコップをリアーヌたちの前に差し出した。




