25
その日の昼休憩、食事を食べ終えいつものベンチにやってきたリアーヌたち。
ベンチに座ったリアーヌは、ポケットから豪華な作りの封書を取り出すと、何度もその宛名を確認して、やはり自分の名前でしかない……と、ため息をつく。
「……なんで今更私にお茶会の招待状なんか。 私にお茶会に出ろ……?」
(クラスメイトからも貰ったんだけど……あの人、あの小テストの悲劇を忘れてしまったんだろうか……? ――いやがらせ目的だって言われたほうがしっくりくるけど……?)
「とりあえずラッフィナート殿に聞いてみたらいいんじゃなくて?」
「……このお茶会出なくてもいいですよね? って?」
自分がお茶会に誘われたこととゼクスがどう関わるのか理解できないリアーヌは、首を捻りつつ、頭の周りにたくさんの疑問符を浮かべながらたずねる。
「あなたが貴族階級でありながら、あんなにも明確にラッフィナート家に付いたから、ラッフィナート家との繋がりを持ちたいかたがたがあなたを仲介を頼もうと動き始めたのよ」
「……え、なにそれ、純粋に迷惑……――あっ、だったらこの招待状ゼクス様に渡して、この人たちや、これから私に仲介させようとしてる人たち全員お茶会に誘って貰えば、全員ハッピーじゃない?」
我ながらいい考えなのでは⁉︎ と、瞳を輝かせているリアーヌの能天気な発言に、ビアンカは頭を抱えながら「おバカ……」と小さく漏らした。
「えっなんで⁉︎」
「ラッフィナート殿がそんなお茶会を開いたりするわけないでしょう?」
「……なんで? 皆ゼクス様と繋がり持ちたいんでしょ? ゼクス様の方だってコネとか人脈作り、大好きだろうし」
「ーー正確には開けないかしらね」
「開け、ない……?」
「このレーシェンド学院内において――というか、この国において、お茶会の主催者となれるのは貴族階級の者だけ……――平民同士ならお好きになさればとも思うけど、いくら大商家とはいえ平民階級のラッフィナート殿が貴族階級の者を招くようなお茶会は……開いたりしないわ。 暗黙のルールというやつですけれど……ラッフィナート殿自身も破りたくないはずよ。 叙勲をのらりくらりとかわし続けている最中に貴族の真似事を? 揚げ足を取られると分かりきってるじゃない」
ビアンカの言葉に「へぇー……」と少々気の抜けた声で相槌を打ちながら頷くリアーヌ。
しかしなにかが引っかかったのか首を傾げながら口を開いた。
「……じゃあ普通にゼクス様誘えばよくない? なんで私が仲介するの?」
「――ねぇ? ……そのへんは難しいところよねぇ……」
ビアンカはため息混じりにいうが、その言葉の意味が全く理解できなかったリアーヌは首を傾げながら視線で詳しい説明を求めた。
「いくら凄まじい財力を持っていると言っても、ラッフィナート家はあくまでも平民階級でしょう? 建前としては貴族階級にいる者たちのほうが上。 皆それが分かっているから、お誘いして断られたら面白く無いし、場合によっては敵対することになってしまう……――あなたまさか、自分が失礼なお断りかたした時のこと、もう忘れたの?」
「……覚えてます」
「あれの本気バージョンを、家同士でやり合わなきゃいけない可能性が出てきてしまうってこと」
「――やっぱりあれ、本気じゃなかったんだ……」
「……当たり前でしょ。 曲がりなりにも高位貴族の顔に泥を塗ったのよ? ボスハウト家にはなんの被害も出ていないのだから、お遊び以外のなんだというの?」
「それは……」
(貴族の遊びが終わってる……ってか学生同士なのに家の名前に泥塗るとか、そういう考え、本気でやめてほしい……学校ってそういうところじゃねーから⁉︎)
苦い顔をしたまま眉間に皺を寄せ続けているリアーヌに小さく肩をすくめたビアンカは「その話は置いておいて……」と前置きしつつ、話を元に戻した。
「――お誘いして恥をかかされるのもプライドに泥を塗られるのも避けたいけれど、一番避けたいのはラッフィナート家と敵対してしまうことよ。 あの家は我が国の物流を支配していると言っても過言ではないの。 それに……ラッフィナート殿のほうだって、ある程度力のある家のお誘いは断らないでしょうけど……貴族だからと言って全ての家の誘いにまで乗っていられないでしょう?」
「まぁ……現実的じゃない、かな」
リアーヌはようやく、これが貴族たちにとって非常にデリケートな問題なのだということに気がついた。
(そりゃ、微妙なラインの貴族は誘うのためらうかぁ……断られたら「お宅眼中にありません!」 って言われてるも同然だし、それが周りにバレたりしちゃったらプライドはズタズタ、家名は泥だらけってことで……だったら安全策として仲介してくれそうなヤツ声かけるか……――なんで私にそんなことができると思ったのかは疑問だけど……)
「もうさ? ……内緒で誘って内緒で答え聞いたらいいと思わない?」
「この世の中に誰にも知られない内緒話なんて存在しないわよ」
「……ごもっとも」
ビアンカの正論にリアーヌはうんざりした様子で空を仰ぎ見た。
ゼクスに誘いをかけにくい貴族たちが誘う先は自分であるのだと、ようやく理解したようだ。
「これ全部、ゼクス様に丸投げできないかなぁ……」
「――貴女のあの失態をお聞かせするなら、お茶会禁止令が出るかもしれないわね?」
ビアンカは肩をすくめながらからかうように言う。
「……アイデア的にはナイスだと思うけど、それって一歩間違ったら、私の就職パァになりません……?」
「――どちらにしろ正しいマナーを学ばずに参加すると言うならばパァになるんじゃなくて?」
「ですよねー……」
(そうだよ……私に最初から選択肢なんて なかったんだ……――誰もフォローも助けてもくれないお茶会なんて恐ろしくて行ってられるか!)
「……誠心誠意、心を込めてお断りのお手紙書こ……」
リアーヌは決意したように手元の招待状を見下ろすと、うんうんと何度も頷きながらバッグにしまい込む。
「――そういえば私もお茶会に誘われていたんだったわ?」
美しい笑顔を浮かべた友人はわざとらしいほど丁寧な仕草で、青い封書に金色の飾りがふんだんにあしらわれたなんとも豪華な封書をカバンから取り出しながら。
「……よかったね……?」
ビアンカがなにを言いたいのか判断に困ったリアーヌは(自慢……かな?)なんて考えつつ曖昧な笑顔を浮かべ曖昧な返事を返す。
そリアーヌの返事などどうでもいいのか、ビアンカはニコニコ微笑みながら話を続けた。
「一人で行くのもなんだし、リアーヌ一緒に行かない?」
「――え? ビアンカ今私をお茶会に誘ってる? ……私を? お茶会に⁇」
リアーヌは困惑と驚愕て顔をしかめるが、ビアンカはずっと笑顔のままさらに誘いの言葉を口にする。
「もちろん練習には付き合うし――……そもそもこれ、ご近所さん同士の情報交換も兼ねたお茶会だからそこまで堅苦しいものでもないの、それに……」
「それに……?」
「――皆さん、私がリアーヌと友人だと知っているから……私がその招待状代わりみたいなものなのよ」
ビアンカは少し困ったよう言うと、意味ありげな視線でリアーヌのバッグ――その中にしまわれた招待状に視線を移す。
(あー……これは、ご近所さんもゼクスとの繋がりを持ちたくて、ビアンカを仲介役に頼んだってこと、かな?)
「これだけお願いできない? ……マナーの授業で散々助けてあげてるじゃない」
ねだるような声で紡がれたビアンカの言葉に、リアーヌの喉からウグッという音が漏れた。
(――本当にお世話になっております。 本気でビアンカってば私専属の教師なんじゃないの? ってぐらいたくさんの助言を貰って――多分、それがなかったらまた教師独り占め事件が怒るほどには毎回お世話になってます! ――お茶会なんか出たくないけど……これ断ったらバチが当たるレベルで迷惑かけてるんだよなぁ……)
「本当に練習付き合ってね……?」
「――当たり前じゃない。 あなた私の友人だと認識されているのよ?」
「あっ……そうでしたね……?」
とても美しく微笑んいるビアンカの瞳の奥に本気を感じ取り、リアーヌはコクコクと頷くことしか出来なかった。
(なにが堅苦しくないだ! コレなにかやらかしたらビアンカに知り合いに格下げされちゃうやつじゃんっ⁉︎)




