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「わぁ! かわいい花!」
ゼクスが視察や話し合いに忙しくしているのとは対照的に、リアーヌはゆったりとサンドバルの村を子供達と共に自主視察して回っている真っ最中だ。
今日はデリアちゃん11歳、ハイデちゃん9歳の姉妹に案内され、やってきたのは村人たちが適度に出入りしている山の入り口付近。
歩きやすいように雑草が刈り取られ、木々の枝も払われているので、森の中まで日の光が程よく差し込んでいる。
この村は王都より南側にあり、温かな気候ではあるものの、山の上にあるということで、しっかりと雪が積もっていて、子供たちの話す「私お花見たよ!」「あっちに咲いてた!」という言葉だけを頼りにここまでやって来たリアーヌは(結構雪積もってるけど本当に花とか咲いてる……?)と、多少の不安を抱えていたが、子どもたちの視線の先にはちゃんと可憐な花が多数存在していた。
大きな木々の根本で雪を避けながら、長い茎をくにゃりとお辞儀をさせて真っ白な花を咲かせている。
その小さな花は筒状になっていて、共にやってきた子供たちは、その花に群がり指に嵌めたりして遊んでいる。
(あっ……それうちの花園に置く可能性高いから、あんまりちぎらないで……)
「あっちにも沢山あるの!」
「――あ、まだ沢山あるの?」
「うん! あっちにもそっちにも沢山!」
デリアが指す方向にリアーヌが目を凝らすと、雪に隠れるように多数の花たちが木々の根本に咲いているのが確認できた。
(――じゃあいっか⭐︎ 子供たちよ、存分に遊びたまえ!)
「リアーヌ姉ちゃんの探してるのだった?」
「うん! 探してるのにピッタリだよ!」
「やったぁー!」
リアーヌの答えにイェーイ! とハイタッチを決めながらピョンピョンと飛び跳ねる二人。
リアーヌはその様子に頬を緩めながら口を開く。
「このお花は、なんて名前なの?」
リアーヌの問いかけに、姉妹はよく似た笑顔を浮かべ、元気いっぱいに声を揃えて答えた。
「木の下の!」
「――うん?」
「木の下のって呼ぶの!」
「そう! みんなそう呼んでるの!」
二人の答えに戸惑いつつ、リアーヌは助けを求めるように後ろに控えていたアンナやオリバーに視線を送る。
しかし、二人からしてもこの花は今日初めて見るものだったため、困ったように顔を見合わせ、苦笑いで首を傾げることしか出来なかった。
「……え、いくらなんでも独創的すぎない?」
リアーヌは楽しそうに遊ぶ子供たちと、木の下に咲く小さな花を眺め、困惑したように呟いた。
その後、さりげなさを装いその花の名前をたずねて回ったが、返ってきた答えは満場一致で“木の下の”だった。
(……――まぁでも……最悪名前は勝手に変更してしまうとして……――ちょっとした風でも揺れるのが可愛いから見つけただけでラッキーって思えて、うちの花園と相性良さそう。 ーーあ、この花をベルに見立てて『冬にしか現れない白いベルを見つけた者には幸せが訪れる――』とかいうウワサを流せば、またお客さんが増えてしまうのでは⁉︎ あとで母さんたちに提案してみよ!)
「もう村に戻るー?」
「まだ遊ぶー?」
「向こうにも楽しいトコあるよー?」
遊んでいた子供たちが口々にたずねる。
どうやらこの辺りで遊ぶことには飽きてしまったようだった。
「どうしようかー?」とリアーヌが返事をする前に、アンナがその背後で「お嬢様そろそろ……」と小声で囁き、本日の自主視察の終了を告げた。
「あー……今日はもう村に戻ろうなかな……?」
リアーヌは子供たちからブーイングを受けることを覚悟しながらそのことを伝える。
しかし、子供たちはその答えにどこか嬉しそうに顔を見合わせると、文句の一つも言わずに、互いに声をかけ合って村へと戻り始めた。
「……――あれ? もしかしてみんなお外出るの嫌だった?」
そんな子供たちの様子に、リアーヌは不安になり近くにいたデリアにコッソリとたずねる。
「んー……多分、みんな早く甘いの食べたいんだと思う」
リアーヌの質問に、少し恥ずかしそうに答えるデリア。
恥ずかしそうなのは、自分も他の子供たちと同様、さっさと帰って早く甘いご褒美を貰いたいと考えていたから……という理由のようだ。
そんなデリアの様子に、リアーヌは子供たちに花の情報を教えてもらう際「お礼はちゃんとするよ? 甘いお菓子なんてどう⁇」と声をかけていたのを思い出し(――あれ? もしかして全員がお菓子を待ち望んでいる……⁉︎)と少し顔を青ざめさせた。
リアーヌの予定では最初に見つけてくれた子供に渡すつもりで言った言葉だったのだが、リアーヌが子供たちにそう声をかけた瞬間、複数の子供たちが「咲いてる花知ってるよ!」「こっち!」「綺麗なんだよ!」と口々に言い出し、迷うことなくこの森にたどり着いていたことにようやく気がついた。
(……そうか。 この場合……――たぶん全員ってことになっちゃいますね……? だって全員が私に教えてくれようとしてここまで一緒に来たのに、人数が多すぎるんで最初に声かけた子たちだけにしまーす。 ……とか言えないし。 昔の私だったらそいつの悪口をコピーした紙をそいつの自宅近くで撒き散らしてるレベル……)
「――なるぼとねー。 甘いの美味しいもんね?」
リアーヌは、村に帰ったらなにがなんでも、子供たちに甘いお菓子を振る舞おうと、覚悟を決めながら、そばを歩くデリアに話しかける。
「……この村には無い、王都のお菓子がいいな?」
「わぁ! それ素敵!」
「えっ……」
「王都には、たっくさんのお店があって、選びたい放題なんでしょ⁉︎」
「……まぁ、ね?」
都会に憧れる子供特有の、熱に浮かされたようなキラキラとした瞳をした姉妹にたずねられ、リアーヌはひきつる頬を押さえつけながら短く答えた。
(待って⁉︎ だって買うにしたって作るにしたってこの村でするのに⁉︎ そもそも王都のお菓子ってなに⁉︎ ……あ、ショートケーキ⁉︎ だってカフェでも花園でも出してるし! 正真正銘、王都のお菓子じゃない⁉︎)
「じゃあショートケーキは⁉︎」
喜んで貰える気満々で言ったその言葉に、デリアたち姉妹は大きく顔をしかめた。
「……ケーキ、嫌い?」
「嫌いじゃないけど……ねぇ?」
「うん……――だって栗のでしょ?」
「そうするつもりだったけど……」
リアーヌの答えに、顔を見合わせ特大のため息をつく二人。
「――あれもう飽きたよ」
「うん……。 ここんトコ毎日あれだったもんね?」
(あー……。 私のために頑張って作ってくれちゃったからねー……? そりゃ練習した後のケーキは食べることになるし、それが続けば飽きもするよねー……?)




