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「――ゼクス様、僭越ではございますがこれよりは私がお付きいたします」
歩き出そうとしたゼクスの背中に向かい、アンナは軽くおじぎをしながら言葉をかけた。
リアーヌは(いつもはそんなこと言わないのになぁ……?)程度の疑問しか感じなかったが、ゼクスのほうは違うようで、顔をしかめながらアンナの顔を見つめ返した。
「……無事ではいるんでしょうか?」
そして言葉少なに自分の言いつけを守っていたであろう護衛たちの安否をたずねた。
リアーヌがレッスンに次ぐレッスンでなかなか時間が取れなくなってしまったということは、必然的にゼクスとの時間も全く取れなくなるということだっだ。
スクラップブックや休憩時間や放課後の少しの時間で多少のやり取りはあったものの、今までと比べると格段に少なくなってしまった二人の時間が面白くなかったゼクスは、今日のパーティでぐらい二人の時間を楽しもうと、護衛たちに「出来うる限りリアーヌとの時間を作って欲しい」と頼んでいたのだったが――
ゼクスが考えていた以上に早く現れたアンナと、その時向けられた殺気を考えれば、ゼクスの護衛たちがあっさりと倒されてしまったことは明白だった。
(……問題は怪我の度合いだ。 気絶程度なら上々。 ……俺婚約者だし、治癒で完治レベルで留めてくれたりとか……)
「――大した怪我ではないかと」
伺うようなゼクスに美しく微笑みかけながらアンナは答えた。
その表情とアンナから放たれた威圧にゼクスは頬をひきつらせながらも幼い頃から守ってくれていた護衛たちを心配し、さらに言葉を重ねようとしたのだが……
「……問題発生ですか?」
それより先に、心配そうに眉を寄せたリアーヌが声を発した。
「いいえ? 解決したのですよ」
「あ、なら良かったですね」
「ええ。 ――本当に」
無邪気なリアーヌと、その答えに“なにか”を含みまくっているアンナが、ニコニコと微笑み合う。
そんな様子を間近で見ていたゼクスは、軽く息をつきながら(この話を蒸し返すのは得策ではないな……)と考え直し、ひとまず暖かいところへ移動することを優先した。
――婚約者の愛らしい笑顔を守るためならば出来るやせ我慢も、恐ろしい使用人同伴では続けることが難しいようだった。
「あ、そういえばリアーヌ会場近くのホールに建てられたツリー、近くで見たいって言ってたよね?」
「はい!」
「行ってみようか?」
「はいっ!」
満面の笑みで頷くリアーヌに、ゼクスもその顔を綻ばせる。
そしてリアーヌ側の腕をクイッと曲げてみせる。
その腕に自分の手を絡ませウキウキと歩き出すリアーヌ。
――その所作はごくごく自然なもので、ゼクスは改めてリアーヌの努力を身近に感じたのだった。
「うわぁ……近くで見てもやっぱりおっきい……」
リアーヌはツリーの真下から、首を大きく逸らしながら感心したように呟く。
(そうか、ここまでツリーが大きいとそのその飾り自体もでっかくなるのか……――あ、この光も庭のイルミネーションと一緒だ! ふよふよ浮いててめっちゃ可愛いんだけど。 ――そろそろアウセレがスマホの開発に成功したりしないかなぁ……こんなに綺麗なツリーなのにここで見て終わりとか寂しすぎる。 どうにかこれを映像に――……映像に? あれ? これ、私出来てしまうのでは⁇)
目の前の光景を“コピー”してしまえば、その後もずっと楽しめると気がついたリアーヌは持っていたハンカチにツリーをコピーし、その前に自分とゼクスが踊っている光景を頭の中で思い描きながら、それをコピーした。
(……――普通のプリンターで写真を印刷したぐらいのクオリティだけど……――ゆうて布だし、こんなもんでしょー。 ――初めてにしてはいい出来栄えじゃない? ……こうして見ると、このシンデレラドレスも案外馴染んでいるように見えるな……?)
リアーヌがハンカチを眺めながら自画自賛していると、その作業を間近で見ていたゼクスが、目をギラつかせながら自分のハンカチを差し出していた。
苦笑しながらも悪い気のしなかったリアーヌはゼクスのハンカチに手をかざす。
(……あ、今日の日付とか“クリスマスパーティにて”とか付け加えたら記念品として取っといて貰えるかも……?)
と、思いつくままにサササッとコピしていく。
それを受け取ったゼクスは、悪徳商人のような人の悪い笑顔を浮かべると、ハンカチに移された風景や文字を眺めながら、ブツブツと呟き一人の世界に旅立っていった。
「……つまりは絵でもいいわけだ。 元の風景となる絵をあらかじめ大量に刷っておいて、そこに人物を書き込む――値段によっては文字を書き入れ――いや違う、スタンプだ。 そうだあれを使えば文字なんてすぐに変えられる。 名前や日付どうとでも出来る――リアーヌ、これは発明だよ⁉︎」
「……私のギフトは発明だった……?」
ギフトをのみを使って作り上げたものを“発明”と言われ困惑するリアーヌ。
しかし、そんなリアーヌをゼクスが手放しで誉めそやし始め――訳がわからないながらもリアーヌは照れ臭そうに身をよじる。
ゼクスはその後も【コピー】の有用性について熱弁をふるい、その話を聞きながらリアーヌは満更でもなさそうに、によによと話を聞き続ける……そんな独特だが二人にとっての楽しい時間をしばらく過ごす。
――この後、この話を聞きつけた友人たちが「私も!」とハンカチを突きつけてくるまでは……
「……レジアンナ、もう充分素敵だと思う……」
「ダメよダメ! このドレスはフィリップ様が私のために用意してくれたものなのよ、もっと素敵に描いて!」
「描いてるわけじゃねぇんだよなぁ……?」
うんざりしているということを隠そうともしないリアーヌの呟きが、ホールに空しく響き渡っだが、それに、眉をひそめるものは無く、多くの者たちは苦笑を浮かべながら同情的な視線をリアーヌに向けていた。
……虎視眈々と話しかけるタイミングをうかがいながら――
それにめざといゼクスが気が付かないわけもなく――たくさんの繋がりが出来るかもしれないと、四苦八苦しながら何回もコピーしなおしている婚約者を見つめ笑顔を深める――
リアーヌのダンスパーティーはまだまだ終わらないようだった――




