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◇
次の日の朝。
リアーヌは昨日の帰りとなんの変哲もない自分の席やロッカーを見つめ、穏やかな笑顔を浮かべつつ、なにごともない平穏な朝のひと時を堪能していた。
そして、ほんの少し遅れてやってきたビアンカに、昨日無事にラッフィナート家と契約を交わしたことを説明する。
「――本当に契約を交わしたのね……? 仮契約、ではなく?」
ビアンカがどこか疑うように確認する。
子爵家のご令嬢が商家と雇用関係を結ぶ――といった常識は無いが、学園に通う生徒が
そのギフトの有用性を示し雇用関係を結ぶ――といった場合で考えるのであれば、通常そういう契約は卒業間近になってようやく正式に交わされるものだった。
雇われる側としてはヒヤヒヤする思いを抱えての学園生活となるが、雇う側としては、その人物の人となりを充分に吟味し、交友関係に不安がないかを確認し、自分たちに見せている誠実な仮面の下になにか隠していないか……など、様々なことを見極める時間が必要となる。
そのため、よほど人気の『ギフト』でも持っていない限り、このような素早い契約はあまり聞かないことだった。
それらの理由から、ビアンカは導き出した答えは、まだ仮契約だけだというのに、リアーヌが早とちりをしているだけ。 というものだった。
「ちゃんと契約だってばー。 うちのヴァルムさんにも確認してもらって「この条件であれば、お嬢様がお手伝いするにふさわしいでしょう」って太鼓判押されたんだから」
(――若干渋々なトコはあったけどー! ……ヴァルムさん私に花嫁修行させて“いいとこの奥様”ってのにしたかったらしいんだけど……――この学園来て私、分かったんだ! 私って貴族に向いてない! だからちゃんと稼ぎ口を確保して卒業後は平民として自由気ままに暮らす!)
「――ボスハウト家の執事が言うのなら間違いはないんでしょうけど……?」
ビアンカは頬に手を当てながら答えるが、しかし未だに納得がいかないのか、しきりに首を傾げている。
「……私だけが言ってたら間違いみたいな言い方……」
「――貴女だけの言葉ならば確実に信じていないわ」
(なんの疑いも持ってないようなまっすぐな瞳で言いやがって……)
当然でしょう? と言う言葉すら聞こえてきそうなビアンカの態度に、リアーヌの瞳がジットリと不満そうに細められる。
「――もしかして転写以外にもできたりするのかしら? 例えば……こんなぺんをそのまま……複製? ペンをペンとしてもう一本作り出せるとか……」
「出来たらよかったんだけどねー。 子供のころ散々頑張ったけど出来なかったー」
言いながらリアーヌは脱力したように背中を丸めながら机に手をついた。
「――いくらなんでも、悪いことに力は使わないわよね……?」
ビアンカはググッと顔を近づけ、ごくごく小さい囁きのような声でたずねた。
「……ビアンカ、すぐに私を犯罪者予備軍にしようとする……」
リアーヌは(前も中庭で犯罪やって金稼いでたのか⁉︎ って疑われた……)と思い出しながらいやそうに顔をしかめる。
「だって早すぎるのよ。 他のギフトなら聞かない話では無いけれど……リアーヌの力は……」
そこまで言ってビアンカはゴニョゴニョっと言葉を濁した。
自分が失礼なことを言おうとしているという自覚があったためだ。
「あったら便利なコピーだしね?」
リアーヌ自身は自分のギフトが地味である自覚が充分にあったため、ビアンカの言葉を失礼だとは受け取らず、首をすくめて呆気なく同意してみせる。
しかし「でもさ……?」とさらに言葉を重ねる。
「お金持ちってその“便利”にお金使いたいんじゃ無いの⁇」
「――確かに。 そうよね、だって相手はラッフィナート紹介ですもの……金30なんで微々たるものでしょうし……」
「そうなの……? もっと粘ればよかったかなぁ……⁇」
リアーヌはビアンカの言葉に、残念そうに眉を下げながら言った。
「過ぎた報酬は身を滅ぼすわよ。 それにそちらの執事が太鼓判を押すほどの好条件だったんでしょ?」
「――そうだった!」
そう答えたリアーヌはシャキンッ! と姿勢を正すと、ニカッと歯を見せながら無邪気に喜んだ。
そんなリアーヌに釣られるように笑顔になるビアンカ。
しかし、その笑顔をすぐによそ行きのものにすげ替えると、ゆっくり首を傾げながら口元に手を当てて口を開いた。
「歯を見せて笑うのは、いかがなものかと思うわ?」
「……ハイ」
ビアンカからの圧に、リアーヌはゆっくりと唇を真一文字に引き結ぶのだった――
(ちゃんと注意してもらえるのありがたいんだけど……マナーの先生より怖いんだもの……)
ビアンカの指導により、リアーヌのマナーの成績がこれ以上の落ち込みを見せることは防がれているようだった――




