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「――凄く綺麗だ……まるで、どこかのお姫様みたいに美しいよ」
パーティ当日、家まで迎えにきたゼクスに玄関先で誉めそやされ、リアーヌは居た堪れなさからキュッと唇を引き結んだ。
(ガチでどこぞのお姫様のドレスなんでねっ⁉︎ そりゃあね⁉︎ ――あ、いやあの子は姫じゃなくて平民から王太子妃になった子だったわ……――そう考えると、あのお話もすごいな? 全部がリアルな話だったら、あの王太子、結婚適齢期まで婚約者や候補者の一人もいなかったってことでしょ? もうその時点で王子に問題ありありなんだわ…――いや、書かれて無かっただけで本当はいたのかな? ――だって最後は『そうした二人は幸せに暮らしましたとさ』だもんねー。 二人以外が不幸になったとしても書かれてないかー……)
やさぐれる心のままに黙り込んでしまったリアーヌをどう思ったのか、ゼクスは少し動揺しながら更にリアーヌに言葉をかける。
「――本当によく似合っているよ? さすがはボスハウト家ご自慢のご令嬢だね⁇」
「……ご自慢」
(――社交辞令にしたって、ウソが過ぎる……)
リアーヌはその心のままに猜疑心に満ち満ちた目をゼクスに向けた。
「いやいや本当だって! 最近はごくごく普通にご令嬢出来てるだろ? ……気を抜かなきゃ、ね?」
最後の部分はこっそりと声をひそめて、リアーヌだけ聞こえるように言った。
「ぅ……――でも全然ダメなんです……今日だって午前中は立ち振る舞いとダンスのおさらいでしたし……」
リアーヌは拗ねたように言い返した。
連日の怒涛のレッスンはリアーヌの自己肯定感をごっそりと奪い去っているようだった。
(――本当に身体強化なんてコピーするんじゃなかった……さっきまであれだけ踊ってたのに、私いま、全く疲れてないのバグじゃない? 超人の振る舞いじゃん。 ――あーでもザームは、目だけ頑張ったらものすごい先まで見渡せて、鼻だけ頑張ったらかすかな匂いも嗅ぎ分けられるって言ってたな……? ――間違いない、これ超人になるギフトだ……)
「――俺だって、もう男爵なのに親にはまだまだ半人前扱いされてるよ?」
気落ちした様子のリアーヌの両手を優しい手つきで包むように持ち上げ、顔を覗き込むように話しかける。
「……それとこれとは」
「同じだよ。 どこの家だってそんなもんだって。 子供はいつまでも子供で……――弟はいつまでだって弟だろ?」
「……確かに?」
(――そうだね? ザームにはいまだに(やべぇ、コイツに早く常識を教えないと……!)ってなる!)
ハッとした様子のリアーヌにクスリと笑ったゼクスは、その両手を労わるようにポンポンと叩きながらさらに続ける。
「教えてくれてる人はなかなか満足してくれないから、全然褒めてくれないけどさ? でも心の中では俺みたいに、よく頑張ってるなぁ。 凄いなぁーって思ってるよ」
「……そう、なんでしょうか?」
ゼクスの言葉に、リアーヌは迷うそぶりを見せながらも、近くにいたヴァルムに向かってたずねる。
ヴァルムは柔らかく微笑みながら恭しく頭を下げた。
「去年よりも今年。 先月よりも今月、昨日よりも今日……成長し続けていらっしゃるお嬢様のご努力、ご成長をこのヴァルム、日々頭の下がる思い見守らせて頂いておりまする」
「ヴァルムさん……!」
「――ほらね? さぁ自信を持ってお姫様?」
「――……はい!」
ヴァルムに褒められたからなのか、ゼクスの労わるような優しい言葉のおかげなのか、リアーヌはニヨニヨと緩む口元をどうにか引き締めつつ、元気よく頷いた。
「ふふっ 今日のドレスもよく似合ってるけど、やっぱりリアーヌはそうやって笑ってるのが一番似合うね?」
「――っふ⁉︎」
(ファー⁉︎ ドアップでのウインクとか⁉︎ え、スチル? これスチルなの⁇ そのスチルどこにコレクションされているんですか⁉︎ 見返し機能はどこですか⁉︎)
真っ赤になり、はくはくと口を開け閉めするリアーヌに満足げな笑みを浮かべるゼクス。
そんなゼクスに、トゲトゲしいヴァルムとオリバーの声が向けられた。
「――慎みのあるエスコートお願いしたいものですねぇ……?」
「いやぁ……――本当に。 油断も隙もないですよねー」
二人の言葉にゼクスは握ったままだったリアーヌの手をそっと離した。
「……けれど今回ばかりは大目に見て差し上げてもよろしいのでは?」
リアーヌに付き添っているアンナが冷ややかな視線をゼクスに向けながら肩をすくめる。
その言葉に顔をしかめるヴァルムたち。
その視線を受け、アンナはニコリと美しく笑って見せるとさらに言葉を続けた。
「この程度で済むならば……?」
それは、間違えようも『手以外に触れるんじゃないわよ……?』というアンナからの警告に他ならなかった。
「――謹んでエスコートさせていただきますリアーヌ様」
ゼクスは左手を腰の後ろに回して、恭しく頭を下げる。
そしてそっと右手をリアーヌに差し出した。
「あ、えっと……よ、よろしくお願いしましゅっ!」
(――噛んだぁぁぁぁ⁉︎)
いつもは省略される礼儀作法に則ったエスコートのスタートに、動揺したリアーヌは盛大にやらかして、その頬を赤く染め上げた。
「……行こっか?」
空気の読める優しい婚約者はそれを聞かなかったことにしてリアーヌの手を引いた。
「――はいぃ」
恥ずかしさからなのか、その優しい手つきのせいなのか、リアーヌは赤い顔をそのままに誘導されるがまま馬車へと乗り込んで行った。
(――待って? ゼクスってば、やたらといい匂いがするんだけど⁉︎ え、私だって香水付けてるのに、そんな私よりも遥かにいい香りがしてくるんですけど⁉︎ ――私よりも綺麗で色気もあって、しかもいい匂い? ちょっとどれか一個くらい譲ってくれても良いのでは……⁇)
混乱するリアーヌと、そんなリアーヌを観察して面白そうにしているゼクスを乗せた馬車は、予定時刻をほんの少しオーバーしつつ、パーティ会場に向けてようやく出発したのだった――




