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「……私の言った言葉と大した違いは無いように感じるが……?」
訝しむように眉をひそめてそう言われ、リアーヌは(何言ってんだこのノンデリ男⁉︎)と眉間にシワを寄せながらフィリップを見つめ返す。
「……違う、よね?」
そして助けを求めるようにビアンカにたずねる。
たずねられたビアンカは迷うように視線を揺らしはしたが、曖昧に頷きながら「――だいぶ違うように感じましたけれども……」と答えた。
「だいぶ⁉︎ どの辺りに違いが⁉︎」
驚いたように聞き返すフィリップに、ビアンカは苦々しい表情を浮かべながらその質問に答えていく。
「……そんなおつもりは無くともフィリップ様の言い方では、パーティには出るのだから聞き分けろ――と言われたような気になるのではないかと……」
「そう、なのか……?」
「……それにレジアンナはパーティよりデートのほうを楽しみにしてました……――まぁ、お家的に選ぶならパーティだとは思うんですけど……」
ビアンカの言葉に愕然とした表情を浮かべるフィリップに、リアーヌは同意するように頷きながら説明を重ねた。
確かにレジアンナはパーティについてのあれこれを楽しそうに決めていたが、それはデートの延長にしか過ぎず、今日リアーヌやビアンカと予定を擦り合わせたのも、控室でデートの感想を思う存分聞かせる相手が欲しかったがためなのだと、リアーヌたちは嫌というほど理解していた。
そんな二人の言葉を聞いたフィリップは、目を見開くと、ゆるゆると力をなくし、がっくりと項垂れたのだった――
フィリップがうんともすんとも言わなくなり、リアーヌとゼクス、ビアンカの三人は無言で視線を交わし合い、どのタイミングで席を立つのかを相談し始めた頃、苦々しい笑顔を浮かべたせあはパトリックがリアーヌに声をかけた。
「――なにかいい案はございませんか?」
「え、いい案……ですか?」
その質問にリアーヌが首を傾げると同時にゼクスがパトリックにすかさず言い放つ。
「“貸し”ですよ?」
「構いません。 ――“私”でよろしければ」
「……ま、いいですけどー」
フンッと小さく鼻を鳴らしてパトリックとの会話を終了させたゼクスは、ニコニコと愛想のいい笑顔をリアーヌに向け優しい声で質問する。
「なにかレジアンナ嬢の機嫌が良くなるような案はあるかな?」
「……デートの日に帰ってくればいいだけでは?」
「……もうちょっと現実的な案がいいかな?」
「――デートの予定が白紙に戻るなら……ひたすら謝らないとなかなか機嫌は直らないかと……」
(ここ最近の話題はそれしかなかったと言っても過言じゃないはどにデートを楽しみにしてたんだよ……それがダメになったんだよ? そう簡単に機嫌なんて取れないでしょー……)
「……もう一声」
「……そもそも私レジアンナがどの派閥に属してるのか知らないんですよねぇ……」
「――派閥?」
「気を悪くした時って、ほっといて欲しい派と、ひたすら構って欲しい派がいるじゃないですか?」
「あー……――続けて?」
ゼクスにはリアーヌの言わんとしていることの半分も理解出来ていなかったので肯定も否定もできなかったが、とりあえず意見を聞こうと、その話の続きをうながした。
「ほっといてほしい派の中にもちょっとは気にかけて欲しい派や、構うにしても限度があるっていう人もいますし……」
「……――ちなみにリアーヌはどの派閥なの?」
「私は――構ってほしい派の中の全肯定派でしょうか?」
(あ、でもこれって話聞いてくれる人が不機嫌の原因だったら話は変わっちゃうかも……?)
「……派閥、奥深いね……?」
「どこもそんなもんですよ」
「――こちらの話を進めていただいても?」
首を傾げあいながら話が脱線し始めた二人に、パトリックが圧をかけながらにこやかに話しかける。
「あー……っと……?」
顔を見合わせ気まずげに首をすくめる二人。
ゼクスは苦笑を浮かべながらリアーヌに仕草で話の続きを促した。
(ええと……レジアンナの機嫌を直したいって話なんだから……レジアンナがどこ派閥に属しているかを推測すればいいってことでしょ……?)
「――レジアンナは……謝り続けてほしい派……? ――ロマンチックに機嫌をとって欲しい派……なんじゃないかと……?」
そう言いながら首を傾げるリアーヌの頭の中に、どこかのお屋敷の玄関で、一輪の花を差し出しながらレジアンナに向かい跪いているフィリップの姿が浮かぶ。
レジアンナはどこか拗ねたようにツンとしているが、頬や耳は赤く色付いていて、どことなく嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。
(あー……こういう芝居掛かったの好きそー……)
「ロマンチック――というのは、具体的にどのような……?」
パトリックはチラリとフィリップの様子を伺いながら、少しでも詳しい話を聞き出そうと働きかける。
「例えば――可能であるなら、イブの……深夜とかになってしまってもいいからミストラル降爵家に突撃して「一目でいいから会いたい!」って騒ぎ出すとか……?」
リアーヌのその発言にその場にいた者全てが――ゼクスまでもが――眉をひそめ口をつぐんだ。
常識的に考えて、たとえ平民同士であってもそんな時間に家を訪ねることはあり得ない。
そして貴族同士ならば、家を訪ねるにも礼儀や作法が存在していた。
そもそも事前連絡なしで家を訪問することは、家族であってもなかなかやらない行為であり、急を要するような訪問であっても“先触れ”と呼ばれる、使者を三十分前には到着させておくのが最低限のマナーだと言われていた。




