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(そもそもコイツだってレジアンナがどれだけクリスマス楽しみにしてたか知ってるでしょ……なのに仕事だからとか……お前金持ち権力者なんだから人を使えよ人を! ……レジアンナ大丈夫かなぁ? あの子ここ数日……いや下手したら二週間以上、ずーっと“フィリップ様と過ごすクリスマス・イブデートプラン”を練りに練ってたんだよ? まぁ、クリスマスデートって言っても内容はごくごく普通のデートだったけど。 劇見に行って食事して、花園でライトアップを楽しんで――ほんの少しだけ、夜遅くまでご一緒しちゃうの! な、レジアンナプレゼンツ、一日中ビッタリベッタリデートプラン……それでも「劇はこっちよりもこっち……いや、こっち⁉︎」ってずっと悩んでいたのに……それを「領地で問題が……」の一言で聞き分けろって言われてもねぇ……? ……まぁ、レジアンナさんはそのプランを練っている間中ずっとウザかったわけですが……――それでも仕事だから! は、さすがに気の毒すぎる……)
フィリップが嫡男である事実や、こういった場合には経験を積むために現地に同行するものだと、知識としては理解しているリアーヌだったが、それでも楽しそうにデートプランを練っていたレジアンナを見ていたため、どうしてもそちらに同情してしまうようだった。
(――そもそも……フィリップの言い方が最悪だったよねぇ……? 「デートの日は帰って来られないけど、クリスマスのパーティには必ず戻ってくる! だから安心してほしい!」とか……いやそのフォローも大切だけど、順番っていうか、気の使い方っていうか……――レジアンナだって「予定がダメになった」まではしょんぼりしながらも大人しく聞いてたのに「パーティには必ず!」の辺りで雲行き怪しかったし……――私だってあんな言われ方したら、どうにかするつもりがあるならデート当日に間に合うよう、一日でも半日でも早く帰ってこいよ! って思っちゃうって……)
リアーヌはそんなことを思いながら、冷めはじめた紅茶に手を伸ばした。
そしてほとんど無視意識の状態でポソリと「前半だけで止めておけばよかったのに……」と呟いていた。
その声は先ほど同様の囁くような小さな声だったのだが、シン……としているこの場ではやけに大きく響いてしまった。
「……え?」
「――ぁ」
頭を抱えていたフィリップがその呟きに反応し、ゆっくりと顔をあげその視線でリアーヌを捉えた。
(なんで聞こえたの⁉︎)
「う、うふふふふふふ……?」
ヘラリと愛想笑いを浮かべ、どうにかごまかそうと試みるリアーヌだったが、両隣から聞こえてきたため息が、その行為が無駄だと知らせているように感じた。
「――なにがいけなかったんだろうか?」
少々乱れた髪をそのままに、フィリップは真っ直ぐにリアーヌを見つめながら質問を口にした。
「――どうなんでしょうねぇ……?」
リアーヌはここ最近で増えた単語の一つをくり出しながら、すがるような視線をビアンカに向けるが、そのビアンカはスッとリアーヌから顔を背けたまま、決して視線を合わせようとはしなかった。
(そんな露骨に無視する⁉︎)
「リアーヌ嬢教えてくれないか?」
目を丸めてビアンカを見つめるリアーヌにフィリップが再び声をかけ、再び自分に注意を向けさせた。
「――そのようなこと……」
「頼む!」
ガバリと勢いよく頭を下げながら言うフィリップ。
立ち入れるものが限られる食堂の二階席は、一階と比べかなり空いてはいたがそれでも他の生徒たちの目があり――しかもそれは有力貴族と呼ばれる家の者たちで――
先ほどのレジアンナの大声もあり、注目を集めていたこのテーブル。
そこでさらにリアーヌに向かって頭を下げるフィリップの姿を見て、ギョッとした顔つきになった生徒たちは多数存在していた。
「……うふふふふ」
そんな状況に引きつった顔を必死に笑顔で取り繕いながら、助けを求めるようにゼクスを見つめるリアーヌ。
「――さすがにごまかせないよ?」
「うふ……」
「……最初からそうしてくれてたらごまかせたんだけどね……?」
「まぁ……」
見つめあいながら小声でヒソヒソと会話する二人。
しかしゼクスだけはリアーヌに気が付かれないよう細心の注意を払いながら、頭を下げ続けるフィリップに意地の悪い笑みを向けていた。
「――戯れていないで、さっさと説明しなさい?」
「――はいっ」
見かねたビアンカがピシャリと言い放つと、条件反射のように背筋を伸ばしたリアーヌがすぐさま返事を返す。
ゼクスはそんな二人のやりとりを眺めながら(……この条件反射こそ、どうにかしなきゃいけないんじゃ……?)とこれからの未来を少しだけ不安に感じていた。
「――えっとですね?」
真っ直ぐに自分を見つめるフィリップを少し気まずく感じながらも、リアーヌはおずおずと説明を始めた。
「おそらくパーティに合わせて帰って来られるなら、デートに合わせて帰って来られたんじゃないの⁉︎ ……という憤りを感じたんだと」
「だが……パーティに一人で出席するのも婚約者以外をパートナーにするのも嫌がると……――私は少しでもレジアンナを安心させたいと思って……」
「お気持ちは分かるんですけど……その……――ほんのちょっとの違いなんですけど「必ずパーティには間に合わせてみせる。 決して一人にはしないと誓うから安心しておくれ」とかだったら、かなり印象は良くなったんじゃないのかなって……」
リアーヌは自信なさげに自分の意見を口にする。
自分は間違いなくこっちの言い方のほうがいいと思っているが、レジアンナがどう感じるのかまでは分からなかったからだ。




