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(……あれ? 待って⁇ それってつまり……)
「――つまり、王家からの招待があった場合……?」
「――その時は笑ってごまかそう? あの……全力で」
「……ゼクス様は?」
「……婚約者として同行できるならフォローするけど……」
気まずそうに喋るゼクスに、同行できない場合もあるのだと理解したリアーヌはすがるような視線をビアンカに向ける。
「ビアンカ……」
「……ご招待が貰えるなら行くけれど?」
シレッと言いながら肩をすくめるビアンカから(ま、うちは呼ばれないでしょうけれど……)という余裕のようなものを感じ取り、リアーヌはキュッと顔中にシワを刻み込んだ。
「……今度は笑い方のバリエーション増やしておきますね?」
「――うん。 将来に向けて他の単語も少しずつね?」
本当にずっと笑い続ける覚悟を決めたであろう婚約者に、ゼクスはやんわりと今のレッスンを続けることを提案する。
何事にも限度はある。 ヘラヘラ出来ないような話題を振られる場合もあるのだ。
「……あと二つくらいなら?」
「少しずつ増やしていこうね……?」
「はい……!」
フンスッと鼻息も荒く返事をしたリアーヌ。
しかしそんな彼女に嫌な予感を覚えたビアンカは、リアーヌが妙な方向に暴走しないよう、釘を指すべく口を開いた。
「――言質を取られれば借金まみれの一家離散でしてよ」
その言葉にキュッと口を引き結ぶリアーヌ。
そしてかつてないほどの真剣な眼差しを真っ直ぐにゼクスに向けて話始めた。
「慎重に増やしましょう。 なんならもう、喋れない設定でいきましょう?」
「ウソはやめよう⁉︎」
真剣な表情でとんでもないことを言い出したリアーヌに、ゼクスは慌てて声をかけるが、一家離散の恐怖に怯えるリアーヌの耳にはその言葉はなかなか届かない様子だった。
(冗談じゃない。 ただでさえビアンカやゼクスの世話になりっぱなしで社交をこなしてるのに、それが罠を張ってくるような奴らの中に一人にされた上、ヘマしたら一家離散とか……なんでそんな罰ゲームみたいな場所に招待されなきゃいけないの⁉︎ こちとらデビューもしてないヘナチョコなんだから派閥に組み込もうとなんかしないで下さい⁉︎)
盛大に眉間に皺を寄せながらそんなことを考えているリアーヌの耳に、クスクスという笑い声と共に、甘く囁き合う恋人たちの声が聞こえてくる。
「フィリップ様……♡」
「レジアンナ……♡」
(――私、?絶対にあのバカップルよりかは社交出来てる気がしてるのに、なんでアイツらはSクラスで私がAクラスなんだろう? ……納得いかないわぁ……――人生不公平ばっかりだ……)
そんな思いを込めてギロリと二人を睨みつけると、慌てたゼクスにその顔を覆い隠すように視線を遮られ、ビアンカには威圧的な笑顔を向けられたリアーヌは、首をすくめながら再び心の中で(不公平ばっかりだ……)と呟いたのだった。
◇
さらに時は進み、季節は冬になった。
その寒さが身に染みる頃――
もうすぐクリスマスという、どことなく浮かれた空気が漂う食堂の中、大貴族と呼ばれる者たちだけが登ることを許された、ゆったり広々とした二階席で、リアーヌはビアンカやレジアンナ、そしてフィリップとそのご友人方、ゼクスと共に昼食を食べながらクリスマスに開かれる学園主催のパーティのことなどについて話し合っていた。
――のだが……どことなく挙動のおかしかったフィリップが、レジアンナに相談事を持ちかけた時からその雲行きは怪しくなっていた。
「――フィリップ様なんて大っ嫌いっ‼︎」
「レジアンナ⁉︎」
大きく叫び、立ち上がったレジアンナは涙をその瞳にためながらその場から走り去る。
そんなレジアンナに手を伸ばし呆然と立ち尽くすフィリップ。
一瞬の後、レジアンナの護衛が静かにその後に続き、フィリップは糸の切れた人形のようにドサリと音を立てながら椅子に座り込んだ。
「…………」
「…………」
「……メシウマー」
皆が口を閉ざしながら、視線でこの状況をどうするのかを探りあっているのを横目に、リアーヌはごくごく小さいささやき声で囁いた。
いつも振り回されっぱなしのバカップルに、ささやかな不幸が訪れたことに仄暗い喜びを感じていた。
そして、そうとは分からないよう、言葉も選んで見せたのだったが――
「お黙り……!」
すぐさまビアンカにより、つま先への教育的指導と共にお叱りの言葉をもらうハメになった。
「――失言、ダメ絶対」
その様子からリアーヌがなにかをやらかしたことを察知したゼクスは、圧が強めの笑顔を浮かべながら釘を刺した。
「はい……」
神妙に頷きながらも、リアーヌは心の中で(メシウマ分かるんですね……? え、これもどこぞの島国の影響ですか……?)としきりに首を傾げていた。
――残念ながらビアンカは“メシウマ”という言葉の存在すら知らなかった。
しかしリアーヌの様子と言い方から、その言葉は決していい意味合いではないことぐらいはすぐに理解できた。
そしてそんな迂闊な友人が、誰かに見咎められ指摘されても、上手い言い訳の一つも言えないであろうことも――
幸いリアーヌの言葉は誰の耳にも入らなかったようで、フィリップの友人たちは未だにアイコンタクトで誰が一番に話しかけるのかを牽制しあっている。
「レジアンナ……」
テーブルに肘をつき頭を抱え込んだフィリップが弱々しく呟く。
(……とりあえずコイツは聞こえてないみたいだから今回はセーフだな。 にしても……よりにもよって、もういくつ寝るとクリスマス! のこの時期に「領地で問題が起こって……私も父に付いて帰らなくては……」なんて事態になってしまったのかと……)
リアーヌは落ち込むフィリップのつむじを眺めながら、こっそりとため息を吐き出した。




