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「言質を取られるのは大前提なんだけど……」
「あ……それ決定事項なんだ……」
「悔しいことにね? でもその言質を取られるのにも程度があるんだ」
「程度……」
「大概そういった方々は、どうやっても断れない状況をつくりあげてから話を振ってくる」
「――なにそれ恐ろしい……」
「そうだね……ほんと恐ろしいよ。 で、そういう場合の多くは、断ったり拒否すること自体が失点となり得る時だ。 だからこっちは断れない拒否できない」
「……ビアンカでも?」
「そうね。 狙い撃ちされれば言質を取られるしかないわ」
リアーヌに確認を取られたビアンカは面白くなさそうに言うと前髪を整え――るふりをして、その手に隠れるように盛大に顔をしかめてみせた。
「そうなってしまった場合に備えて、貴族はあらゆる手札を用意する」
「あ、それがコネ?」
「そう。 取られるとしたって、要求通りの言質はさすが飲んでいられない。 ……狙い撃ちされてしまった時は必死になって要求の程度を減らすんだ」
「言質の程度……」
(言質は取られてしまってるのに、その程度でなにかが変わるんです……?)
リアーヌの疑問をその表情から理解したビアンカは肩をすくめながら答えを口にした。
「こちらを狙い撃ちにしてくるようなお歴々が、こちらの都合を考慮して下さるとでも思ってますの? 要求通りの言葉をそのまま入れ受け入れていたら最悪の場合、借金まみれになって一家離散、だなんてことにもなりかねませんわよ」
「一家離散⁉︎」
リアーヌの言葉にビアンカは少し口を窄めるだけで答えた。
リアーヌはすがるようにゼクスに視線を向けるが、ゼクスも苦笑を浮かべながらその言葉を肯定するように頷く。
「そうならないように、言葉や交渉で程度を下げるわけだけど……――」
そこまで話して、言いづらそうに話を切って、ニコリと愛想笑いを浮かべた。
「……けど?」
続きを促すように言いながらリアーヌは首を傾げる。
そんなリアーヌにゼクスは曖昧な微笑みを返して――
そんな二人のやり取りに、軽く息をついたビアンカが口を挟んだ。
「――いくら努力しようとも、たかだか二年程度でそこまでのスキルは付かないわよ。 ……正直、私だって願うことは目をつけられないようにするほうであって、その交渉スキルを身につけることではないわ? まぁ、私だって一家離散はごめんだから精一杯足掻かせてもらうけれどね」
「――ビアンカが無理なら、私には絶対無理です」
先程までの気合はどこに消え失せたのか、リアーヌはキッパリとゼクスに言い放った。
(ビアンカが無理なら無理なのよ。 だって助けてくれる人がいないってことになるんだから!)
「うん。 うちとしてもチャレンジされても困っちゃうかな……?」
「……――じゃあ、私社交のレッスン取りやめても……?」
どこか期待するようにリアーヌがゼクスに話しかけるが、その言葉にいち早く答えたのはゼクスではなくビアンカだった。
「そんなわけないでしょ」
「……でもほら、一応、婚約の条件に社交は自由にしていいって書いてあるわけで……」
言いながらゼクスの顔を伺うように見つめるリアーヌ。
見つめられたゼクスは曖昧な表情を浮かべながら困ったように口を開く。
「まぁ……罠を張られてそうな所には近づかなくても……ね?」
言葉を濁しながら答えるゼクス。
その様子にビアンカは大きくため息をつきながら呆れた様子を隠そうともせずにゼクスに向かって話しかけた。
「年に数度開かれる、王家主催のものはどうなさいますの? まさか陛下や王妃殿下に招かれて、欠席を許すとでも?」
「王妃⁉︎」
ギョッと目を見開きながら答えるリアーヌに慌ててゼクスが話しかける。
「王妃様だよね?」
その様子に、あっ……と、気まずげな顔になったリアーヌはコクコクと頷きながら口元を両手で押さえる。
「……やっぱり行かなきゃまずいんですかね?」
「――まずい、かなぁ……?」
「そもそも呼ばれない可能性とかって……?」
リアーヌの質問にゼクスはうーん……と唸りながら首を捻る。
そしてチラリとビアンカを見て、質問を投げかけた。
「――どう思われます?」
「……50%程度なのでは、と」
ビアンカの答えにゼクスは大きく息をつきながら「ですよねー……」と同意する。
そしてリアーヌに向き直ると、質問に答え始めた。
「爵位だけで言うなら子爵だから、わざわざ声がかけられるとは考えにくい。 でもボスハウト家は王家に連なる家。 陛下の覚えもめでたい……可能性はその分高くなる」
「ええー……」
本来ならば名誉であり、是が非でも貰いたい王家からの招待、それをもらえるかもしれないと言う話をしているのに、顔をしかめ嫌そうな声をもらすリアーヌ。
そんなリアーヌに苦笑を漏らしながらゼクスは言葉を続けた。
「リアーナの事情だけを考慮してくれるなら、そっとしておいてもらえるだろうけど……――派閥争いとかもあるからねぇ……?」
「あー……」
父親であるサージュから、派閥争いが面倒くさい、と聞いていたリアーヌは、沈痛そうな面持ちで頷きながら同意する。




