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「もちろんだとも。 場を白けさせないってのも立派なマナーだと俺は思うな?」
「まぁ」
そんな二人の会話を聞いていた外野たちは、苦笑を浮かべながら肩をすくめあっていた。
「……本当にニュアンスだけでもなんとなく理解できてしまいますのね……?」
「あそこまでハッキリ理解できているのはそこの婚約者殿だけだと思うけれどね?」
感心したようなレジアンナの呟きに、呆れた様子のフィリップが答える。
「婚約者……――ではフィリップ様も分かりまして⁉︎」
「ぇ……?」
「……分かりませんの?」
悲しげに顔をしかめるレジアンナに、フィリップは慌てて否定の言葉を口にした。
「まさか⁉︎ 君への愛で溢れているこの私が君を理解できないなんて、そんなことあるわけがないだろう?」
「フィリップ様……」
「レジアンナ……」
手に手を取り合い、見つめ合い、その周りにハートマークを盛大に飛ばし始めた二人に、ビアンカは静かにため息をつき、その瞳をぐるりと大きく回転させた。
「ーリアーヌ、あなたの努力を否定するつもりはないけど普通に喋って? 二組同時はさすがに……」
「――……了解でーす」
げっそりとした表情を浮かべるビアンカに同情的な視線を送ったリアーヌは、今回のお茶会で、初めてまともに感情を乗せて喋ったのだった。
「――うちは商家なんだし、俺的には今まで通りでいいと思うけどな……?」
互いの名前を呼び合い、楽しそうに見つめ合う二人を視界の外に押しやりながら、ゼクスはやんわりと自分の希望を伝える。
「……私的にも今まで通りが良いんですけど……」
(だって最近のレッスン本当に厳しいんだもん! 入試の時より細かくネチネチ言われて何回もやり直しさせられるんだもんっ!)
思い切り顔をしかめながら話すリアーヌの様子に、恐らく使用人たちが納得しないのであろうことを理解したゼクスは、下手な口出しはとばっちりが来そうだと、曖昧な表情で言葉を続けた。
「――そりゃ、いざって時のためにきちんとした対応を覚えておくのはリアーヌにとって良いことだし……今のその努力は大切で必要だと思うけどね……?」
「……やっぱり必要になりますか……?」
「……こっちから社交は自由って言っちゃってるから、あんまり言えた義理じゃ無いけど……――うちとしてもボスハウトとしてもどうしてもお断りできない社交って出てきちゃうと思う……――でも本当に嫌なら言ってね? 契約だし、なんとかする努力はするから」
それはゼクスの精一杯の気づかいと、ほんの少しの見栄や意地だったのだが、それを言われたリアーヌはもにゅ……と面白く無さそうに顔をゆっくりとしかめていく。
「……――いいえ! やりますっ! ちゃんと出来るようになるって決めたんで、そういう誘惑はダメです‼︎」
「誘惑って……」
「せめてあと三つ……四つ程度、言葉を増やせたなら違和感なく会話をこなせるのではなくて?」
そんなやりとりを見ていたビアンカはクスリと笑いながら言う。
「――本当? 本当にそのぐらいでなんとかなる⁉︎」
思っていた以上に自分の発言に食いつかれてしまったビアンカは、少し身を引きながら答えを濁す。
「――あくまでも無難に授業はこなせる……程度だけれどね?」
「あー……授業では、かぁー」
「いくら複数言葉を用意していたとしても、本物の社交で答えを決めているのは危険よ? 諸先輩方と腹の探り合い、言質の取り合いですもの……――リアーヌあなた、下手に努力するより今日のように笑ってやり過ごす方が良いのではなくて……?」
「ビアンカ……それはいくらなんでも……」
ビアンカのあまりに直接的な言い分に、パトリックがたしなめるように話しかける。
しかし――
「――言質はマズい、ですよね?」
「……マズいね⁇」
少々顔色を悪くしたリアーヌとゼクスは真剣な表情で意見を擦り合わせ始めた。
「――わ、私頑張りますね⁉︎」
「うん。 努力って大切だしとっても素敵なことだとは思うんだけど……――そのための手段として笑ってごまかすって方法もアリだと思うな……?」
「ええ……?」
(それが許されるならば、今のこの努力の意味ぃ……)
不満げな空気を醸し出してゼクスを見つめるリアーヌに苦笑混じりのビアンカの声がかかる。
「あなたの気持ちも理解できますし、努力も知っているつもりよ? でもね、卒業した私たちが相手にするのは、そんな社交界で長年生き残ってきた方々なの。 状況が状況なら私だって言質を取られてしまうわ」
「またまた……」
リアーヌはその言葉を冗談だと思い、ヘラリと顔を崩しながら答えるが、ビアンカは難しい顔つきのまま静かに首を横に振った。
「冗談でも謙遜でもなくて社交界のお歴々はやろうと思えばそのくらい朝飯前なの」
「……本当?」
ビアンカの態度と周りの反応から冗談では無いのだと理解したリアーヌは顔を引きつらせながら確認する。
そんな恐ろしい話は冗談であってほしいと願いながら。
「ええ」
しかし帰ってきた答えはリアーヌの願いとは正反対のもので――諦めきれないリアーヌは今度はゼクスに確認を取る。
「――本当ですか?」
「……だからこそ貴族は顔をつないでコネを作って家同士のつながりを強化するんだ」
「――えっと……?」
欲しかった答えではなかった上に、質問とその答えの繋がりがよく理解できず首を傾げるリアーヌ。
そんな彼女に、ゼクスは困ったように微笑みながら詳しい説明を始める。




