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「あれ勤務地、要相談……?」
ペラペラと契約書の文字を読んでいたリアーヌの口から、困惑したような呟きが漏れる。
「ああ、それさぁ……リアーヌ嬢さえよければ、うちの支店を回って欲しいんだよねー。 この日まではこの場所ででこの仕事、その次はこっちの支店でーって感じでさ」
「なる、ほど……?」
(つまりは、今日は印刷所で仕事して、明日からは写本のお仕事ー……的な感じか?)
「――正直な話……王都外にも行ってもらえないかなぁーって下心も混じっていたり……」
ゼクスは言いにくそうに、視線を逸らしながら指先で引っ掻くように眉をかきながらリアーヌの反応をうかがう。
「――下心……えっ⁉︎」
「……違うよ⁉︎ そういう意味じゃないからね⁉︎ ただ――この先、王都以外の支店で「リアーヌ嬢のギフトがあればすぐに解決したのに……」って時とかさ。 もちろんそのつど特別手当は出すし!」
「特別手当……?」
(――それはなんて素敵な言葉っ‼︎)
リアーヌはグッと手を握りしめて、大声をあげるのを堪えた。
「あ、でも……」
(ヴァルムさんたちがいい顔しない……かも?)
リアーヌは少し首を傾げてその可能性を考える。
そんなリアーヌの考えを読み取ったゼクスは、安心させるように言葉を重ねた。
「もちろん家の方々にも了承をもらえたら、の話になると理解してるよ?」
「……その結果、全部お断りすることになったとしても雇い続けてもらえますか……?」
「子爵家のご令嬢だもん、断られたってしょうがないと思ってるよ。 ――ダメで元々だと思って言ってるしねー。 ……聞くだけならタダだしとりあえず聞いとこーって感じ?」
ヒョイっと肩をすくめながら、足を組んだゼクスが茶目っ気たっぷりに言った。
ゼクスのその言い方にリアーヌも釣られてふふっと笑顔を見せる。
「これちゃんとした契約書だからさ、勤務地を王都って限定しちゃって、後々問題になったらやだなーって……」
「まぁ……そうですね?」
(訴えるとこ訴えたら、普通に契約違反とかになりそう……――ずっと働き続けたいから訴えるつもりなんてないけどー)
「要相談のまんまじゃダメかな……? ――他は結構頑張ったつもりなんだよ⁇ ほら、時間外手当も結構高くしたつもりだし、補償のほうもさ!」
そう言いながら、ゼクスはリアーヌが見ていたページを捲り、次のページをトントンと指で差しながら言った。
リアーヌは素直に、その指の先に書かれた文字を読んで驚愕に目を見開いた。
「え、こんなに⁉︎ ……え、これ本当ですよね? ……卒業間近になって「冗談でしたー」とか言いませんよね……⁇」
あまりの高待遇に不安になったリアーヌは、念を押すようにゼクスにたずねた。
「言わないよー。 うち商家だよ? 信用第一! 契約書まで交わすんだから本気の本気ですぅー。 ……まぁ、犯罪犯して捕まったーとかになったら――もう一回“お話し合い”……かな?」
(……そのお話し合いの席で「契約解除の書類にサインしろやー!」って脅されるんですよね、分かります……――ま、犯罪者になんかなってるんだとしたら、当然のことだと思うけど――……)
そう思いながら、リアーヌはふと嫌な想像をしてしまい、少し顔を引き攣らせた。
その変化に気がついたゼクスは、視線と仕草でどうしたのか? とたずねる。
「あの……私より力の強い【コピー】のギフトを持った人が現れても、私とも契約してくれます……よね?」
(ちょっと白紙に戻しそうじゃない⁉︎ だって商人とかってそういうのシビアっぽくない⁉︎)
「だーかーらー商人は信用商売なんだってば! もう一人現れたならその人も雇うだけですぅー。 ーー俺の家、そのくらいできるお金はありますけど?」
リアーヌに見せつけるように顔をしかめて、にゅっと口を尖らせるゼクス。
「ですよねー……?」
ゼクスの言い分に(そう言われてみればそうか……)と納得したリアーヌは、ヘラリ……と愛想笑いを浮かべて同意した。
「納得してくれた? じゃあここにサインお願いねー」
「はーい」
「――あとこれにもサインもらえる?」
ゼクスはそう言うと、ニコリと笑いながら契約書とは違う書類をリアーヌに手渡した。
「……受領書? 金貨5枚――さっきのですか?」
ふーん。 と納得したように頷きながら、念のための確認を取るリアーヌ。
「――ふっふっふ。 これにサインしてもらって店に出せば、さっきの礼金が必要経費と認められて俺に返却されるシステムになっているんだよー」
「わぁー! ゼクス様ってばやりくり上手ぅー‼︎」
冗談めかしたゼクスの言葉に、リアーヌも合わせて大袈裟な仕草で言い方で返した。
「だから――ここにサインくれると嬉しいな」
「かしこまりましたー! 私のサインが金貨5枚になるなんて、すごぉーいっ‼︎」
元気よく答え、求められるがままにサラサラとサインを書くリアーヌ。
ゼクスはそんなリアーヌを見つめ、気がつかれないような角度で、ニヤリと唇を引き上げた。
「――……ありがとぉー」
その後リアーヌは結局、契約書のほうにもサインをして、ゼクスに契約書の控えを渡される。
「じゃあ、改めて――これからよろしくね、リアーヌ嬢」
ベンチから立ち上がったゼクスはそう言うと、胸に手を当てながら恭しくお辞儀をした。
そしてダンスにでも誘うかのように恭しく手を差し出した。
「よろしくお願いします!」
リアーヌは元気よく答えると、スッと足を後ろに引きながらおじきを返し、ちょこんとゼクスの手に自分の手を重ねた。
その行動は、丸ごとダンスのお誘いの時の行動だったが、当の二人は全く気にしておらず、それを指摘する人もこの場には存在しなかった。
リアーヌたちは程よい距離を保ちながらも、並んで廊下を歩いていく。
「――その書類無くさないでね?」
ゼクスはリアーヌが胸に抱えたままの契約書の控えをチラリと見つめながら、心配そうにそっと伝えた。
「――! も、もちろんですよー‼︎」
ゼクスの言葉にギョッとしたリアーヌは、吃りながらも慌てて契約書の控えをカバンの中にしまった。
(そうじゃん! これ無くしたら、勝手に契約内容変えられたって私に証明する方法なくなっちゃうじゃん! 大切に保管しなきゃ……――ヴァルムさんに預けちゃうのが一番かな……⁇)
全ての思考を顔に出しているリアーヌを盗み見ていたゼクスは、ニヤける口元を隠すついでに前髪をいじりつつ、コッソリとため息を吐くのだった――




