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時は少し進み季節は秋――
その秋もだいぶ深まり、そろそろ次の年の進級について生徒たちがピリピリし始める頃、リアーヌはビアンカに誘われ、パラディール家主催のお茶会にゼクスと共に参加していた。
「そういえばリアーヌ嬢は、先生方からSクラス入りも夢ではないと高評価を受けたのだとか?」
ビアンカの婚約者であるパトリックが
、話題提供と共に今日はまだ一言もまともに喋っていないリアーヌに話を向ける。
話しかけられたリアーヌはそっと口元に手を添え、はにかむ様にうふふふふふっとこくびを傾げるだけで返事とした。
「今日はお元気がありませんね……?」
密かにリアーヌの会話を楽しみにしているラルフも、物静かなリアーヌが心配なのか、珍しく自分から声をかける。
「まぁ、そのようなこと……」
視線を伏せ口元を手で覆ったまま、曖昧に答えるリアーヌ。
そんな彼女にフィリップの隣に座っていたレジアンナが少し不満そうに唇を尖らせる。
そして少しのイタズラを思いついたかのようにニヤリと笑みを浮かべると、
「あなた本当にリアーヌ? 偽物なんじゃなくて⁇」
と、からかうように言い放った。
しかしリアーヌはその言葉に殆ど反応を見せず、少しの間をおいてまた再びうふふふふ……と笑いを漏らすのだった。
そんなリアーヌの態度が面白くなく、そしてあまり親密ではないかのような対応をされたことに不満を感じたレジアンナは、フィリップの助けを求めるようにその腕に手を伸ばし、なんとかしてほしいと願いを込めながらグイグイとその袖口を引っ張った。
「あー……ビアンカ嬢?」
レジアンナの手を軽くポンポンと叩きながら、一番詳しいであろう専門家に視線を送る。
「――本人は真面目に努力してお茶会に参加しているつもりなんですのよ……」
呆れを滲ませたビアンカの答えに、フィリップたちは顔を見合わせ「努力……?」と首を傾げ合う。
「……リアーヌ?」
この場の空気にいたたまれなくなったのか、ゼクスがリアーヌにやんわりと話かけた。
「はい?」
「皆様が戸惑っていらっしゃるから、もう少しだけ自然にお話ししたらどうかな……?」
「――まぁ、そのようなこと……」
先程と言葉はまったく同じだったのだが、今度は眉をひそめながら、渋るように視線をうろつかせている。
――見る者が見れば『でもこれの方が楽なのに……』と、渋っているのが丸わかりの態度だった。
ボスハウト家がリアーヌの社交やマナーに力を入れ始め、その授業をなんとか無難に、なおかつ素早く終わらせてしまいたかったリアーヌは、できるだけボロを出さないよう、最初と最後の挨拶以外を『まぁ』『そんなこと……』『うふふふふ』の三つに絞り、その所作を磨いているようだった。
当然教師役である使用人たちもそのことには気がついていたのだが、なにごとも一度に詰め込まず少しずつ……との想いから、今はそこに手をつけることは今のところはないようで、使用人たちの予定では、少しずつ言葉を増やしていき、卒業までに40程度の単語を操って貰おうと考えてた。
そんな二人の周りを置き去りにしたやり取りに、ビアンカはカップを口元に近づけながら呆れたように呟いた。
「ニュアンスだけでも案外会話が成立してしまいますのよね……――慣れって恐ろしいわ?」
「いつも苦労をおかけして……」
ビアンカの呟きにゼクスが申し訳なさそうに眉を下げる。
ビアンカはゼクスに困ったように微笑むと、小さく肩をすくめながら口を開いた。
「以前よりはマシなんですわ。 最近は社交の授業でも立ち振る舞いの授業でも自分一人の力で乗り切っておりますもの」
(――……それはごくごく普通のことだったりするんですが……)
リアーヌはそんな考えを誤魔化すように、再びうふふふふー? とこくびを傾げてみせる。
そんなリアーヌにゼクスは困ったように顔をしかめると、説得するように話しかけた。
「……マナー違反とまでは言われないだろうけど、ご挨拶したばかりの方々にその対応は……ちょっと困らせてしまうかもよ……?」
結婚の条件に【社交に出るのは自由】と盛り込んだゼクスではあったが、男爵家となってしまった以上、まったくさせないわけにもいかない。
しかし、こんな周りに困惑の感情しか与えない社交を繰り広げて、一人で頑張っていると胸を貼られても、後々困るのは自分だと正しく認識していた。
「まぁ……」
『それはそうですけど……』と言うように、リアーヌは頷きながら渋々同意する。
「俺としてはサンドラ嬢と喋っている時くらい砕けてていいから、みんなと楽しくお話ししてて欲しい……かな?」
「――まぁ?」
ゼクスの言葉に『本当?』と伺うようにジッと見つめ返すリアーヌ。
……実に見事に3つの単語を操っていた。




