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 このアスト、歳は二十代前半とこのボスハウト家の使用人の中でもまだまだまだ若輩者だったが、忠誠心厚くザームとの相性が良さそうだということで、ザームが当主になった時の片腕、そしてゆくゆくはボスハウト家の執事になるよう教育されている青年だった。

 しかし、あれよあれよと言う間にボスハウト家の事業が持ち直すと、王城に足を運ぶ機機会が著しく増えてしまった子爵に付き添う侍従が足りなくなってしまい、人手不足が解消されるまでの間、いきなり実地訓練を余儀なくされた青年だった――


 ブンブンブンと、大きく首を振りながら自分には無理だと訴えるアストを横目に、オリバーはヴァルムに向かい言葉を重ねる。


「それとももしかして俺ですか? じゃなければ……また王城から人を引っ張ってくるんですかね⁇」

「……私は真剣に――」


 次の執事を決めるという一大事を、おちゃらけた態度で茶化すようにしゃべるオリバーに不快感を覚えたヴァルムは、その眉間にシワを寄せた。


「――俺も大真面目ですけど?」


 そう言ったオリバーの声は、それまでのふざけたようなものとは全く違い、ヘラヘラと笑っていた顔も、スッと真顔に変わっていた。


「リアーヌ様は、俺がこの人だと心に定めた主人です。 そんな主人の心が乱れると分かっていてアンタをみすみす逃す? 俺、そんな無能じゃないつもりですけど?」


 そう言いながらオリバーは再びヘラリ……とその顔に笑顔を貼り付ける。


「――君ならばすぐにでも采配できると思うがね?」

「いやぁ……? わりと本気で無理だと思いますよ⁇」

「やる前から泣き言か?」

「泣きたくもなりますって……――この状況で後継者指名が俺とか……そんな事態になったら、この家は回らなくなりますよ」

「――我がボスハウト家の使用人たちが、執事が変わる、その程度のことで仕事を疎かにするとでも?」


 オリバーの言葉にヴァルムはムッとしながら言い返し、使用人たちも面白くなさそうな顔をしている。


「――そもそも、ここにいる皆さんが俺を認めると思います?」

「……アンナは――」

「アンナだってきっと認めませんよ。 ――この状況でヴァルム様が辞めたら、辞めさせたのは俺ですよね? いくらヴァルム様が責任だのなんだの言ったって、人の感情はそこまで割り切れません。 ……それなのにその後の執事が俺とか……――使用人同士で派閥争いとか……そんな、くっだらないこと、この家では無しにしましょうよ……――大体、罪を自覚して責任を取るって言うなら、お嬢様の為に死ぬまで身を粉にして働き続けてください」


 肩をすくめながら飄々と言ってのけるオリバーに、ヴァルムは苦笑いを浮かべながら大きなため息をつく。


「全く、口の減らない……」

「――大体、ヴァルム様が居なくなったら、旦那様の通訳、誰がやるんですか? アストですか⁇ 「ハゲチャビンだった」なんて説明で人違いしたら、あの旦那様、後々大変な大騒動引き起こして下さいますよ……?」


 さすがにそんな説明は家の中だけでしかしていないサージュだったが、人違いが発覚した際「ハゲはハゲでもこのハゲじゃねぇんだよなぁ……」などと本人を目の前に言わない保証はどこにも無く、実際、何度か危ない場面に出くわしているアストは、その危険性にサァ……と顔色を青ざめさせた。


「あなたは旦那様に同行して王城にも行っているはずなんですがねぇ……?」


 そんなアストにヴァルムは困ったように顔をしかめる。


「だからって旦那様の言い回しを正確に理解できる自信なんかありませんよ⁉︎ 王城に出入りする方々にハゲがどれだけいると思ってるんですか⁉︎」

「――旦那様に毒されすぎです。 言い方を考えなさい」

「……少々額の広い方々は、大変多いと存じ上げます……」


 そう言いながら頭を下げるアストを見つめ、ヴァルムはフン……と小さく鼻を鳴らしてからゆっくりと口を開いた。


「……――どうして最近の若者は、こうもやりもしないうちから泣き言ばかり……」


 そんなボヤキに侍女が困ったように笑いながら話しかける。


「私たちには、まだまだヴァルム様のお力が必要なんです」

「――全く……情けない……」


 そう答えながら頭を抱えるようにして俯くヴァルムの声はかすかに震えていた。

 ――その言葉は、周りの者たちに対するものなのか、自分自身に対するものだったのか……その答えはヴァルム自身にも分からなかった。


「……情けなくたっていいんじゃないですか? ――お仕えすべき方々が揃いも揃ってぶっ飛んでいるわけですし、そこにお仕える我々が常識なんてものに囚われるわけにはいかないでしょう⁇ 最終的に丸く収める――程度の柔軟性と臨機応変を心がけませんと……」

「……――独創的であることは間違いありませんがね……」


 オリバーの言葉に、ため息混じりに答えたヴァルムは、そのままゆっくりと顔を上げ、部屋の中に集まった使用人を見回していく――

 そして一つ大きく息をつくと、表情を引き締め直し、声を張って言い放った。


「――それでは、お嬢様には申し訳ありませんが、もうしばらくは我々の夢に……――罪にお付き合いいただきましょう。 各々、誰一人欠けることなく肝に銘じ、今まで以上に誠心誠意職務に当たるように」


 その言葉に使用人たちは声を揃えて「はいっ!」と答えたのだった。


「――分かりましたねオリバー」

「え――……まぁ、誠心誠意お仕えしますけど……」


 ヴァルムから、念を押されるように言われた言葉にオリバーは少々納得がいかない様子で(俺はその事実を指定した側なんですけどね……)と、心の中でボヤキながら言葉を濁した。


「――あなた、まさか自分は例外だとでも思っているのかしら?」


 そんなオリバーに声をかけたのは、妻であるアンナだった。


「――例外とまでは言わないが……」


 納得がいかなそうに肩をすくめる夫にアンナはその目を吊り上げる。


「あなた、誰の婿だかお忘れ? それとも一蓮托生や連帯責任って言葉を知らないのかしら⁇」


 そう言いながら呆れたように腰に手を当てるアンナ――……この態度、実はアンナなりの優しさだった。

 オリバーがこの先、この家でうまくやっていけるように……と言う配慮からの苦言だった。

 例え正論だったとはいえ、オリバーはこの家の執事や古参の使用人たちに否を叩きつけた。

 その事実がこの先どのような問題に繋がるか分からなかったからこそ、アンナはオリバーを例えヘリクツであろうとも口でやり込め、叱咤して見せる必要があると感じていた。


 正しいことを言っていても、忠実に職務をこなしていても、他の者との間に軋轢が生まれる時は生まれてしまう。

 アンナにはボスハウト家の使用人たちは、特に結束が硬いと言う自負もあった。

 だからこそ、オリバーひとりを悪者にしないために、こんな茶番めいたやりとりをふっかけていた。

 ――心のどこかでは(散財好き勝手言われたんだから、少しぐらい言い返してやる!)――と言う願望もあったようだが……


「――わぁー……とんだ家に嫁いじゃったなぁ……?」


 そんなアンナの意図に気がついたのか、大袈裟に顔を顰めて見せ、他の使用人たちからクスクスと笑われるオリバー。

 そんな夫にアンナは、フンッと一つ大きく鼻を鳴らすとオリバーから視線を外し、ヴァルムに向かって姿勢を正した。


「――それとヴァルム様?」

「……なんだ?」

「この程度のことでお嬢様を見捨てようとした罰として、歩けなくなろうとも、目が見えなくなろうとも、ボスハウト家に仕え続けていただきますのでそのおつもりで……」


 そう言いながら深々と頭を下げるアンナ。

 そんなアンナの後頭部を呆然と見つめていたヴァルム、やがて頬をひきつらせながらポソリと呟いた。


「……お前、最近ますますハンナに似てきて……」


 そう呟きながらヴァルムは、今は旅行を満喫している先代子爵夫人カサンドラに仕えている妻のことを思い出していた。


「――それ以上言うと母さんに言いつけるわよ」

「……やめておくれ」


 いつになく弱々しいヴァルムの声と、そして滅多に見られない、ヴァルムたちの親子としてのやりとりに、使用人たちは視線を逸らしつつもクスクスと楽しげな笑いをこぼす。

 そんな中、一人苦笑いを浮かべたオリバーはパンパンと手を叩きながら口を開いた。


「えー……なんだか俺の未来が垣間見えたところで、そろそろお嬢様のレッスンの日程を組み直しましょうかー?」


 その言葉にクスリと笑いを漏らしながらも、気を引き締め治す使用人たち。


「――ダンスに関しては月1度程度に減らしても問題はないかと……――あくまでもダンスのみではございますが……」

「その他の会話のやりとりは立ち振る舞いのレッスンに組み込みますね」

「それと――」


 意識も新たにした使用人一同、後悔も情けなさも、申し訳なさすら飲み込んで、一刻を争うリアーヌの教育のスケジュールを次々と決めていく。


 誹りはいくらでも受ける。

 疎まれようとも構わない……

 私たちを許さなくてもいいから――

 だから、どうか……どうか、幸せになれますように……と、自分たちのエゴで歪めてしまったリアーヌの幸福な未来を、ただひたすらに願いながら――

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