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「――つまり、あなた方は……俺たちは、この先、お嬢様にどれほど嫌がられようとも、レーシェンド学院教養学科の生徒として、なんの不足も無い知識を――きちんとお嬢様の力となる教養を正しく身に付けさせなくてはいけないということです。 ――そして……だからこそ、あなた方が自分たちの犯した罪を理解すべきです。 ――理解もせずあの方にだけ努力を求めるなど、俺は許さないし――認めない……!」
オリバーの言葉に、ゴクリと唾を飲み込んだアンナは必死に頭を回転させ、すがるような視線を父であるヴァルムに向けながらたずねた。
「――リアーヌ様のご婚姻を遅らせるわけには……?」
「――……内々にではあるが、陛下がご出席を希望されている……多少の時期はずらせると思うが……――それでも半年は……――いや、この件に我々の希望など入れるものではないな、卒業後間も無くと考えておくべきだ……もちろん、働きかけはしてみるが――あまり伸ばすのもお嬢様の名誉にキズが付いてしまう」
ヴァルムのその言葉に、集まっていた使用人たちは不安そうに視線を交わし合い、動揺する心を落ち着けるように自分で自分の手を握りしめながらその言葉を聞いていた。
「……あと二年」
アンナがポソリと呟いてオリバーを見つめる。
オリバーはその視線にコクリと小さく頷いきて口を開く。
「ああ……あと二年だ。 ――あと二年でお嬢様は今の現状から、正真正銘のご令嬢になるしかない――どんなに力のある貴族でも十年、常識で考えるならば十五年かかる教育を――庶民として生まれ育ったあの方にたったの二年で覚えていただかなくてはならない」
「……――私たちの、罪……」
オリバーの言葉に、アンナは力無く項垂れる。
他の使用人たちも肩を落とし、視線を落とし後悔の滲む声で呟いた。
「一般学科に進まれていれば……」
「――しなくてもいい苦労を……」
「……――幸い、立ち振る舞いやマナーに関しては、気を抜かないという絶対条件と、周りのフォローが必須とはなりますが、なんとかお茶会の主催を務められるほどにはなっていますし、ゼクス様もそこは承知なさっておいでです。 婚約の条件にも記載があることですし、一度区切りをつけてもよろしいのでは、と……」
そう軽く頭を下げながら話を続けるオリバーに、侍女たちは慌ててコクコクと頷き返す。
自分たちには、犯した罪を嘆く時間すら残されていないのだ……と、ようやく実感したようだった。
「――そう、ですわね」
「……形にはなっているかと」
「――俺だってもっと時間を取って差し上げたいが……――ですかそれしか道が残されてないんです」
そう言って自重気味に眉を下げるオリバーに、使用人たちは顔を見合わせ頷き合って決意を新たにした。
そして皆で意見を出し合い、リアーヌのこれからのレッスン内容や時間のやりくり、そしてそれに伴う使用人たちの仕事の割り振りを決めて行く――
そんな中、オリバーはそっとヴァルムに近寄り、少し声を張りながら話しかけた。
この部屋の中にいる誰か一人でもこの会話に注目するようにと願いながら。
「――ヴァルム様、お考え直しをお願いできますでしょうか?」
「……藪から棒になんのことですか……?」
そう答えたヴァルムだったが、少々動揺しており、オリバーの言葉に全く心当たりが無いようには見えなかった。
使用人の何人かが――アンナまでもがチラチラと自分たちの会話に聞き耳を立てていることを確認したオリバーは、ニンマリとその口に弧を描くと、飄々とした態度で爆弾発言を投下する。
「――辞めて責任逃れなど、そんなみっともない真似はおやめ下さい。 ――坊ちゃんの教育に良くありません」
その発言に息を呑む使用人たち。
話し合いは完全に止まり、誰もがオリバーたちの会話に耳を傾けていた。
「……これはなんとも口の悪い……――ですが、この責任は……罪は全て私にある――そう、自覚しているだけた」
ヴァルムのその言葉に、使用人たちは口々に反論する。
「お父様⁉︎」
「なにをおっしゃっているんですか⁉︎」
「誰か一人の責任では!」
使用人たちのその言葉にヴァルムは首を振って答える。
「――私だけはそう思ってはいけなかったのだ……――お仕えすべきお嬢様に、己の夢を背負わせるなど。 そのようなこと……執事である私だけは思ってはならなかった。 そして……この中の誰が思ってしまったとしても私だけはそれを諌めなくてはいけなかったというのに……」
「だからって!」
「そうです! ヴァルム様だけが責任を取るだなんて‼︎」
「その通りですっ!」
使用人たちは、ヴァルムがヒジを付き項垂れている机を取り囲むと、口々に訴えた。
そんな仲間たちを見回したヴァルムは、どこか嬉しそうに頬をかすかに緩ませながらも、その考えを曲げはしなかった。
「――誰かが責任を取らなくてはいけない。 そしてそれは――」
「そしてまた、あのご家族に――お嬢様に苦労を強いるのですか?」
ヴァルムの言葉を遮るようにオリバーが声をかけた。
ヴァルムはその言葉にグッと悔しそうに唇を噛み締めるが、それでもまだ考えは変わらないようだった。
そんな様子のヴァルムにオリバーはわざとらしいほどの盛大なため息をついてみせる。
「冗談キツイですよ、お義父上。 ここで貴方に辞められて、その穴は誰が埋めるんです? アストですか?」
いきなり名前を出され、子爵付きの侍従でまだ年若いアストはギョッと目を剥いた。




