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 オリバーのその言葉に、侍女やアンナたちは言葉を詰まらせ、視線を揺らしながらモゴモゴと口の中で言葉を転がす。


「それは……」

「その……」

「……お嬢様は――」

 

 誰かから上がった“お嬢様”という単語に、オリバーはピクリと反応を示し、その言葉を発したであろうメイドの一人をジッと見据えた。


「――叱られたく無かったから自分たちの目を盗んでやった、と主張する――か?」

「いえ……あの……」


 声をかけられたメイドはキュッと身を縮めると、フルフルと首を振りながらその視線から逃れるように床を見つめた。


 そんなメイドを庇うようにオリバーの前に進み出たアンナだったが、その表情は先ほどとは一変していた。

 どこか傷ついたような、自分を責めるかのような、そんな悲しげな表情を浮かべていた。

 そして、そんな表情を浮かべていたのはアンナだけでは無かった。

 先ほどオリバーに食ってかかった侍女や侍従――リアーヌの教育に多く関わっていた者たちほど、そんな思い詰めた表情を浮かべていたのだった。


「……そんなこと、出来ないはずなのよ……」


 懺悔をするかのように悲痛な声色で、アンナがポソリと呟く。

 それに続くように侍女も重々しく口を開いた。


「私たちの目なんて盗めるわけが無い――そのように配置したはずなのに……」


 本来、初期のマナーレッスンであれば、思い違いや勘違いなどから妙なクセがついてしまわないように複数人で立ち振る舞いやマナーを細かくそして厳しくチェックするのが常識だった。

 そして、この侍女も今の今までリアーヌにそうやって教えてきたのだと思い込んでいたのだったが――


「……あの頃は、試験が……」


 誰かから漏れたその呟きに、使用人たちはピクリと小さく体を震わせた。

 その姿を見て、オリバーはため息混じりにその呟きの続きを引き取った。


「迫っていたんでしょうね……――あのご家族がこの家に入られ、あの方の学力が分かり――……そこから立ち振る舞いやマナーの授業……――丸二年も無かったのでは?」

「……そうですね――時間はあまりにも短かった」


 オリバーの質問に答えたのはヴァルムだった。

 テーブルの上に肘を付き、両手を握り込みながら項垂れている。


「――ですが、お嬢様は必死に学ばれていました!」


 部屋の中に充満する重苦しい空気に耐えかねたのか、メイドの一人が声を張って答えた。


 ――彼女はリアーヌの頑張りをきちんと知っていた。

 慣れないレッスンに困惑しつつも、必死に覚えようとするリアーヌを見て、いつも微笑ましく思っていた。


「……そうね」

「――ぇ?」


 だからこそ、アンナがどうしてそんなに悲しそうな顔で自分の言葉を肯定したのかが理解出来なかった――


学ばれた(・・・・)んじゃない、学ばせた(・・・・)んだ。 ――あなた方の……夢のために」


 メイドはオリバーの言った言葉がすぐには理解できなかった。

 そしてそう感じたのはそのメイドだけではなかったようで、庭師の青年も少しムッとしながら言い返す。


「そんなの言いがかりですよ! 教養学科に入るのはお嬢様にとっても良いことで――」

「――本当に?」


 オリバーはその青年に向かって淡々とした表情で問い返した。


「え……?」

「本当に良いことだと思っているのか?」


 念を押されるそうたずねられ、青年はキョドキョドと視線を揺らめかせ、口を閉ざしてしまう。


「――もちろんですとも! 教養学科に入学することがお嬢様にとって悪いことなわけ無いじゃ無いですかっ!」


 オリバーの問いに答えたのは、青年を押しのけるように前に進み出た一人のメイドだった。

 ギュッとスカートを握りしめ、キッときつい視線でオリバーを睨みつけている。


「……その結果が()なんだぞ?」

「そ、れは……」


 怒鳴り返されるわけでも無く、睨み返されるでも無く、ただ淡々とたずね返されるオリバーの態度に勢いを削がれたメイドも、青年と同じように口ごもり視線をうろつかせた。


「……試験での失態は王城まで届いていた。 入学早々有力貴族とトラブルになるも、あなた方がその事実を知ったのはつい最近、授業では恥をかき続け――問題ないと思われていた座学も、単語を暗記して羅列(られつ)しているに過ぎなかった……――あの方はこの先、ラッフィナート男爵夫人になるんじゃないのか? この程度の教育で、ラッフィナート商会の奥方として、この先どうやってお歴々と戦っていけというんだ⁇」


 オリバーはそこで一度言葉を止め、体ごとヴァルムのほうに向き直った。

 そして軽く息を吸い込み、腹に力を込めながらさらに言葉を重ねる。


「――俺にはこれのどれもが教養学科に進学させた弊害に思えてなりませんよ……」


 その悲しそうな、怒りを堪えているような声色に、ヴァルムもアンナも他の使用人たちも、誰もなにも言い返せなかった。


 気まずい沈黙が流れる中、長いため息の後、再び言葉を発したのはオリバーだった。


「……ですが、すでに入学している以上、お嬢様にはそれ相応の実力を付けていただかなくてはなりません……――クラス落ちはあの方の不名誉となってしまいます……一般学科に移るという案も、あるにはありますが――さすがにそんな前代未聞なことは現実的ではないでしょう……人々の噂の的にもなってしまいますし……」


 オリバーはここまで話すと再びため息をつく、そして使用人たちを見回ながら小さく肩をすくめた。

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