221
「……そう、思わない?」
リアーヌと目があったゼクスは照れ臭そうにぎこちなく首を傾げながらさらに質問を投げかける。
「――思います、けど……でも、どこで見ても夕日は夕日だから、おんなじ色なのかも知れませんよ……?」
リアーヌも気恥ずかしさから、ゼクスからもスクラップブックからも視線を逸ら、足元を見つめながらモゴモゴと答えた。
しかしその内心では、同じものを見て同じことを感じていた事実や、しっかりとあの日の思い出を覚えていてくれたことで、歓喜に心が震えていた。
「……かも? ――でも良くない? 俺たちにとってこれはサンドバルで見たあの夕日ってことでさ⁇」
「――です、かね?」
ぎこちなく頷きながら髪や耳を手で触り、その赤く染まった頬やニヨニヨと歪む口元を隠そうと試みているリアーヌだったが、その努力は全くと言っていいほど実ってはいなかった。
「――これにしよっか?」
ゼクスがスクラップブックを手に取り、リアーヌに微笑みかける。
「……はい」
リアーヌはそれを受け取り、そっと胸に抱きながら、小さく――しかしはっきりとうなずいた。
「――……あとさ? こっちので欲しいのある? なんでも使って⁇」
嬉しそうにスクラップブックを抱えるリアーヌは、そっとゼクスに背中を押され、数歩進んだ先にあるリボンやレースなのがまとめられたコーナーの前に誘導されていた。
「あ、飾り付け用の……?」
リアーヌは目の前の棚いっぱいに並べられた色とりどり、太さもさまざまなリボンやレースを見つめながら呟いた。
そして、それらに手を伸ばしながら(こういうのでどれだけ可愛くデコれるかが女子たちの静かな戦いだったりするわけよー……あれ?)と、心の中では少しの違和感と共に苦笑を漏らしていた。
(でも見せる相手は婚約者とごくごく親しい人にチラッとで……? ――いや婚約者に見せるんだからみんな気合い入れるに決まってるじゃん⁇ あと友達にだって少しは自慢するし⁇ ……あれ? するよね⁇)
「――あと、ここにこんなのも置いてあれば良かったのになー? なんてのはあったりするのかな⁇」
リボンを手に何か考え事をしているリアーヌに、ゼクスはその顔を覗き込むようにそっとたずねた。
「――あったら良かったのに、ですか?」
その言い回しが気になり、リアーヌは首をかしげて、さらに詳しい説明を求めた。
ゼクスは困ったように肩をすくめると、苦笑いを浮かべながら少々投げやりな口調で話し始めた。
「――いやね? 誰かさんたちがいきなり流行らせちゃったもんだから、こっちもイマイチなににどの程度の需要があるのか把握しきれてないんだよねぇ……?」
そう言ったゼクスはどことなく責めるような視線をリアーヌに向けていた。
「需要、ですか……?」
「ああ。 リボンもレースも売れ行きは悪くない。 ただ――絶対にもっと爆発的に売れる商品がある気がしてさ……――まぁ、そう思ったのは親父も同じみたいで『お前、婚約者なんだから、責任持って助言の一つや二つ貰ってこいっ!』って言われちゃってね……?」
そういうとゼクスは肩をすくめながら顔を歪め、全力で“困っていますアピール”をする。
「――それ、ゼクス様に責任なんかあるんですか……?」
(私が案を出したとはいえ、流行の発信はマーリオン様……じゃなかった、マーリオン様縁のどっかの公爵家って話じゃん? 私も関係なくなってる話なのに、その婚約者のゼクスになんの責任を取れと……⁇)
「――そりゃうちの庭でやった、うちが主催お茶会だからね? 使用人からも参加者からも話は伝わるよ……」
「……つまり?」
「――君が発案者だってことは、親父たちも知ってるってこと」
「あー……ね?」
(そこがバレてるなら、そういう文句も出るかも知れない……? ――でもて ……これってわりといい話なのでは⁇ だって、私が欲しいって思ってる文房具を取り寄せてくれるってことでしょ⁉︎ それってかなりおいしい状況なのでは⁇ ――……結果、すっごい赤字にさせちゃったらどうしよう……――その前に私の『やりくり』と『豪運』が、ちゃんと仕事してくれるかな……? ――あなたたち信じていますよ⁉︎)
そう自身のギフトに語りかけながら、リアーヌはもう一度目の前の棚をじっくりと眺め吟味する。
(デコるって言ったらシールやマスキングテープな訳だけど……――ここに一個もないってことは、この世界に存在していない可能性あり……? ――ガバ設定のゲームなんだから、さっさとアウセレから仕入れて来いと……!)
「――なにか思いつくかな?」
むぅん……と仏頂面になったリアーヌに、ゼクスが伺うようにたずねる。
「あー……――あの、小さめの絵が描いてある紙の裏にノリが付いてる――なんてのがあったら、ペタペタ気軽に貼れて良いなぁって……?」
リアーヌは心の中で(シールっていうんだけど知ってる?)とたずねながら首をかしげた。
「――裏にノリ……――切手みたいなものってことかな?」
「あ、そうです! その程度の大きさでカットされてる、色んな絵柄のシールが欲しいです!」
「シール……」
「あ、貼り付ける紙が欲しいです」
「――なるほどねー。 ……うん。 その程度のものならきっと作れると思うよ。 ――あとはなにかあるかな?」
ゼクスは心の中に“シール”という名前を刻み込みながら、続きを促した。




