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「……ゼクス様は婚約者なんですから、オリバーさんにちょっとくらい強く言ってくれてもいいと思うんです――私本当に座学は点数取れてるんですよ?」

「婚約者だからこそちゃんと覚えてて欲しいなって……」

「――……今味方になってくれたらSクラス入りできるよう、努力しますから……」


 リアーヌは心底不本意そうに、しかし背に腹は変えられないとばかりに提案した。


「勉強をしたくないから、勉強を頑張るって取引が、果たして成立するのかどうか……――でも……それでも残念ながら味方にはなってあげられそうにもないかな?」

「なんで⁉︎」

「――俺がラッフィナート商会の跡取りだから、かなぁ? 取引先は農家に個人に他国の商会――多岐にわたるし、もちろん場所だって様々だ。 だからこそ歴史や地理なんかはしっかり覚えておいてほしい。 それだけで取引相手との会話も弾むし……――正直、二カ国間戦争の時、餓死者を出した地域で「不作だったんですか?」とか言われるのはごめんだと思ってる……」


 ゼクスはやんわりとした口調と態度で、キッパリとリアーヌの申し出を拒否した。


「……被害者が多かったのは知ってたんですよ……?」

「……その大勢の被害者には、これまた大勢の家族や友人がいて、そんな人たちに「雪が酷かったんでしたっけ?」なんて言われたら取引どころじゃ無くなっちゃうよ⁇」

「ううぅ……」


 うめくように項垂れたリアーヌだったが、顔を伏せながらチラリと盗み見たゼクスやオリバーの表情は、リアーヌを気づかいながらも、いつになく真剣で――その時ようやく、リアーヌは自分に逃げ場なんて残されていないのだという事実にようやく気がついたのだった。



 ――余談ではあるが『二カ国間戦争』でディスティアス王国に餓死者が多数出てしまったのは、戦争をしていたアグスティン、ウルキオラの両国が物資や食料を求めた、ディスディアス国内でかなり強引な手口で買い漁り品不足に陥ってしまったことが主な原因だった。

 そして同時期に多発した、国境付近の町や街道付近に夜盗や強盗が多数出没する事件、主に襲われたのは農場や農園、商家に裕福そうな民間――襲われ殺される奪われ、時には火をつけられ……そんな被害に遭った家々は家業の縮小を余儀なくされ、多数の従業員を解雇しなくてはいけず――

 これが原因となって、この年の失業率は跳ね上がることとなってしまい、この年の餓死者増加の一因にもなってしまったと考えられている。


 後日、このことを説明されたリアーヌは、ガックリと肩を落としながら、


「――そうですね……? そんな目にあった被害者やその家族に「不作だったんですか?」とか言うヤツは殴られても文句言えませんよね……?」


と、大きなため息と共に言葉を吐き出したのだった――



「もう少し一緒にいてください……」


 リアーヌは潤む瞳をゼクスに向けて縋り付くようにその腕に自分の手を添えた。


 ピペーズ通りの散策デートも終わり、しっかりとお土産のワッフルサンドも買い、リアーヌの胃袋にも夕飯を少し食べるだけの余裕しか無いはずのリアーヌは、ラッフィナート家の馬車のドアの前で立ち止まり、潤む瞳でゼクスを見上げている。


「だから人聞きが悪すぎるんだよなぁ……?」


 御者がその扉を大きく開け、押さえているその前で、立ち止まってしまったリアーヌに、遠い目をして乾いた笑いを浮かべるゼクス。

 ここまでエスコートして、相手が乗り込むのを拒否すれば、ゼクスにはやんわりと促す以外の選択肢など取れない。

 無理に馬車の中に押し込むなど、紳士として――それ以上に人として外聞が悪すぎた。

 ……もっともこの時のリアーヌはそれを理解した上でこの行動をとっていたのだが――


(――いやだ。 絶対にいやだ! 今帰ったら絶対にお小言が待ってるっ! お小言と共に明日からの勉強を言い渡されるに決まってるんだ……‼︎)


「――……じゃあ、もう一ヶ所だけ寄り道しちゃう?」

「――いいんですか⁉︎」


 パァっと表情を明るくするリアーヌに、苦笑いを浮かべながらもはっきりと頷くゼクス。


「……まぁ、ちょっとだけね?」


 ゼクスは少しだけ薄暗くなってきた空を見上げながら困ったように肩をすくめた。



「気に入ったものがあったら買ってあげるから遠慮なく言ってね?」


 リアーヌの隣でニコニコと上機嫌に笑っているゼクス。


「……ええと?」


 リアーヌは困惑しきった声を上げながらそんなゼクスを見上げながら首を傾ける。


 もう一ヶ所だけの寄り道しようと誘われやってきたのは、数あるラッフィナート商会の店舗の一つ。

 その店内の一角に設けられた、今や平民たちの間でもジワジワと流行の兆しを見せているスクラップブックのコーナー。

 カラフルで形も様々な台紙たちが所狭しと並べられている。

 それらのそばには、リボンやレースなどがまとめて置かれていて、かなり気合いの入った特設コーナーの前に、リアーヌは連れてこられた。


(……え、私スクラップブック欲しいなんて言った……?)


「……なんかさ、リアーヌこれから忙しくなりそうだろ? デートもなかなかできないっぽいし……だから俺たちもどうかなー? って思って⁇」


 照れ臭そうにそっぽを向きながら、耳や首の後ろ辺りを撫で付けながら言ったゼクスの言葉に、リアーヌは大きく動揺するような反応を返した。

 

(……ゼクスとのデートが、なかなか出来なくなる……⁉︎)


 リアーヌは血の気がひいたように顔色を悪くして、フルフルと何度も首を振りながら縋り付くようにその腕に手を添える。

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