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リアーヌはフンスッと鼻息も荒く顔をしかめると、さらに心の中でグチをぶちまけた。
(大体、私がやったのって試験勉強だよ⁉︎ そんなん短期間で忘れちゃうに決まってるじゃん! しかも歴史や法律なんてこの先の人生でほとんど使わないし、使う時は専門家任せにするし! だったら当然試験対策なんて重要そうな単語ガァーッと暗記して、試験が始まったらどっかにバァーッと書き出して、あとは穴埋め作業開始ですよ。 覚えてるわけないじゃん⁉︎ 理解なんてこれっぽっちもしてないもんっ! でも試験ってそういうものでしょ⁉︎ ……ちょっと! なんなのその残念そうな顔っ‼︎ 私、座学だけは出来るんだからねっ⁉︎ 残念な子扱いとか心外ですっ‼︎)
リアーヌは気まずそうに視線を逸らすゼクスにジロリッときつい視線を送るともう一度フンスッ! と大きく鼻を鳴らす――その時だった。
「――お嬢様……本気ですか……?」
いつからそこにいたのか、戻ってきたオリバーが愕然とした表情でリアーヌを見つめていた。
その顔は少し青ざめてもいるようで――
「……あらオリバー、お帰りなさい? ――私別に鼻なんて鳴らしてませんことよ……?」
ドアの前に立ち、リアーヌを凝視しているオリバーにリアーヌは言い訳するように視線を揺らしながら言った。
「――王族の降嫁について、詳しい説明が出来ますか?」
「…………できますし?」
ゆっくりと噛み砕くように紡がれたオリバーの言葉に、リアーヌは視線をそらしながらアゴをツンッとそらし胸を張って答える。
「ーー義父上の前でも同じようにお答えになれますね?」
その言葉にピクリと肩を震わせたリアーヌは、ギギギッと音が出そうなほどにぎこちない動きでゼクスに視線を向けると、助けを求めるように口を開いた。
「……ゼクス様、お腹が空きました」
「あー……ねー? どうなのかなぁー⁇」
ゼクスは苦笑いを浮かべながら、オリバーに視線で「その話、もうちょっと続けますか?」とたずねる。
心の中では(今日のデート、急遽取りやめもありえるかもねー……)と思いながら。
しかし、次の瞬間オリバーから発せられた言葉は、ゼクスの予想とは正反対のものだった。
「――ゼクス様、大変申し訳ございませんがお嬢様を夕飯時に送り届けていただけますでしょうか?」
「――……構いません、けど……?」
ゼクスはオリバーの言葉を正確に読み解き、戸惑いつつも了承の言葉を口にした。
リアーヌもなんとなく理解して、不思議そうに首を傾げる。
(……あれ? これって行ってもいいしオリバーさんはついて来ないよ――ってこと⁇)
「お家の一大事にございますれば……」
恭しくゼクスに頭を下げたオリバーはいつになく真剣なもので、リアーヌは漠然とした不安を抱えることになった。
(……もしかしなくても、私のこと……ですよね?)
しかし、リアーヌがその質問を口にする前にオリバーはテキパキと動き、指示を出し始めた。
「ああ、エドガーもういいぞ。 サンドラ嬢もありがとうございました」
「とんでもありません……」
「えっと……俺代わりに……?」
「いいから。 ラッフィナートの護衛も優秀だ――心配すんな、もう行け」
エドガーとサンドラは戸惑いつつ顔を見合わせながらも、部屋を出ていった。
「あ、あの私ちゃんといい点取れましたよ⁉︎ 今度の学期末でも座学はちゃんといい点取りますからっ!」
不安に顔を歪めるリアーヌが必死に話しかけるが、オリバーはその言葉を聞くと肩を落としながら頭まで抱え始めてしまった。
「――いい点を取るためだけの勉強をなさってきたんですね……?」
そのオリバーの質問に、ゼクスはようやく事態を把握したのか、静かに眉間に皺を寄せた。
「そうですよ⁉︎ 次だって上手くやれます!」
必死に言い募るリアーヌにオリバーはため息混じりに口を開いた。
どうかこの不安が的中していませんように……と、願いを込めながら。
「――ではお嬢様、お答え下さい。 一八三九年、アグスティンとウルキオラの間で戦争が起こった時、我が国にはなんの被害もありませんでした。 にも関わらず、我が国ではその年の冬、多数の餓死者を出す事態になってしまいました。 それはどんな理由だったでしょうか?」
「餓死者がたくさん出た理由……?」
リアーヌは忙しなく視線を動かしながら、必死に頭の中にある情報を探り始めた。
(えっと……アグスティンとウルキオラってのは、うちの国と陸続きの隣国同士で、昔から仲が悪かったところで……――そこ二つが戦争したからうちの国で多数の餓死者……? ……あれ? でも餓死ってことは食べ物がなかったわけでしょ⁇ だったら……)
「――……不作だったから? あの、戦争の影響で……あ、雪がたくさん降ったから、とか……?」
(なんか戦争やると、ちりやほこりが空気中にたくさん舞っちゃって、雪が多くなった的な話を聞いたことある気がする!)
オリバーはその答えに、一切の表情筋を動かさず、さらに質問を重ねた。
「では、その戦争もしくは一八三九年という年に関連して覚えられている事柄はどのようなものがございますか?」
「ええっと……」
リアーヌは情けない声を上げながら、さらに必死に自身の記憶を探った。




