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「やったー!」
オリバーとゼクスのやりとりに、許可が下りたと理解したリアーヌは、両手を突き上げながら喜びを表した。
すぐにオリバーの咳払いが飛んで、しおしおと下げることになったのだが。
「ボスハウト家に連絡を入れますので、少々お時間を頂戴いたしますよ」
「もちろんです。 ここでお待ちしても?」
「構いません――エドガー、今日は俺が戻ってくるまででいい」
「……え、でも……」
「……お前まだ紛れられないだろ? ――それに久々に婚約者孝行でもしたらどうだ?」
ニヤリと笑いながら言ったオリバーに、すぐに反応したのはサンドラのほうだった。
「なぁ⁉︎ わ、私たちはその、そんなんじゃ……!」
過去を赤く染めワタワタと否定しながらも、チラチラとエドガーの反応を伺っている。
「はははっ それは失礼を――ってことで俺が戻るまではしっかり頼むぞ? サンドラ嬢もよろしくお願いいたします」
そう言ったオリバーは二人が頷くのを確認してからニコリと少々圧が強めの笑顔をゼクスに向ける。
「――戻ってきた時ドアに鍵がかかってた……なんて状況にはなりませんよね?」
「もちろんですとも。 不名誉な傷などつけるつもりもございません」
苦笑を浮かべたゼクスは、芝居がかった様子で、大袈裟な身振りで恭しく頭を下げる。
その様子にオリバーは鼻を鳴らしながら笑うと、リアーヌに一礼し部屋を後にした――
(ボスハウト家が借りてるって言っても、ゼクスが婚約者だって言っても、ここが“個室”である以上、このくらいの自衛はして当然……らしい。 ゲームしてた時はガンガン二人っきりになってましたけど……――主人公の設定、養女とはいえ伯爵家のご令嬢だったわけで……――無知ってある意味無敵なんだなって。 ……知らないって怖い)
リアーヌがオリバーが出て行ったドアをぼんやり眺めながら頬をひきつらせていると、向かいのソファーに座っていたサンドラが、ドアのすぐ近くに立っているエドガーに向かって口を開いた。
「ねぇ……“紛れられない”ってなに?」
その質問にエドガーは「あー……」と言いにくそうに顔をしかめると、ガシガシと頭をかきながら答えた。
「――今回みてぇに、主人が好き勝手動き回るっていうなら、俺ら護衛は周りの通行人に紛れとかねぇといけねぇんだよ。 俺らが護衛だって周りの誰にもバレねぇように守るんだ――護衛つきのレーシェンド学院の生徒生なんて、貴族確定だろ?」
「確かに……」
エドガーの説明にサンドラは納得したように大きく頷くが、リアーヌはその答えを聞き、不思議そうに首を傾げていた。
「そもそもとして……そんなことって可能なの? 大体分っちゃわない⁇」
(自分のところの護衛をそんな風に見たことはないけど、たまに外で見かけるお嬢様方の近くには、確実に護衛っぽい人がいる気がするけど……?)
「……あの人は出来るんですよ。 俺はまだまだなんっスけど……」
「え、オリバーさんスゴ……」
エドガーの答えに、リアーヌは驚いたように目を見張った。
「――あの人、国王陛下の侍従だった人だからねぇ……そりゃ、その辺の護衛なんかよりもずっと凄腕だよ」
「あ、やっぱり本当なんだその話……――でもそうなると、愛の力って偉大なんですねぇ……?」
感心したように息をつきながら呟いたリアーヌに、隣に座るゼクスだけではなく、向かいに座るサンドラも首をかしげていた。
「……どういうこと?」
「だってどう考えたって、そんな凄い職場捨てた理由って、アンナさんしか無いじゃないですか? 正直、お給料なんか駄々下がりになってますよ⁇」
「……リアーヌは一回、ボスハウト家の財産についてご両親や執事とよく話し合った方がいいんじゃ無いのかな……?」
リアーヌよりはボスハウト家の懐事情に詳しいゼクスは、頑なに自分の家が貧乏のままだと信じて疑わない婚約者にアドバイスを飛ばしてみるが「えぇー?」と呑気に自分を見つめ返してくるリアーヌに、自分の想いは届かないのだろうな……と自重気味に唇を引き結ぶ。
「……でもボスハウト家って王家に連なる家ですよね……? だったら別にそこまでおかしく無いんじゃ……⁇」
サンドラがエドガーを確認するようにチラチラと見つめながら疑問を口にする。
しかし、その質問を真っ先に否定したのは、ケラケラと笑うリアーヌだった。
「いやいや……みなさん建前上はそう言ってくれますけど、実際そんなふうに扱われることなんてそうそういないから……」
(大体、王家に連なる――って言ったって、家が王家から別れたのって、百年以上も前の話だよ? さすがにみんなそこまで気なんか使わないって……)
「……そう、なんですか?」
説明されていた話と食い違っているのか、サンドラはエドガーのほうに視線を飛ばしながら確認する。
しかしその言葉にエドガーやリアーヌが反応するよりも早く否定の言葉を口にしたのはゼクスだった。
「――謙遜にしたって言い過ぎだよ? ボスハウト家が王家に連なる家だったからこそ、オリバーは王城勤務を辞められたんだからね⁇」
「……えっ?」
ゼクスの言葉に、本気で理解が追いていないのか、リアーヌはキョトンと目を丸くするのだった――




