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「リアーヌ様、気を使わせてしまいましたか……?」
ゼクスと向かい合って話し込んでいたリアーヌは、急にかけられた声にピクリと肩を震わせながら声の主に身体ごと視線を向ける。
そこに立っていたのはサンドラで、申し訳なさそうに身を小さくしながらリアーヌに申し訳なさそうなな視線を向けている。
そしてその背後にはバツが悪そうな顔つきで立っているエドガーも立っていた。
「サンドラ様……――いいえ? ちょうどゼクス様とお話があったんですよ」
リアーヌは、サンドラとしゃべっていたから声をかけることをためらったわけではないと、言外に伝えながら同意を求めるようにゼクスに視線を向けた。
「そうだね。 だからサンドラ嬢が気にするほどのことではないんですよ」
「そう言っていただけると……――恐悦至極……?」
キョドキョドと視線を彷徨わせながらも、できうる限り丁寧に会話をしようとするサンドラに、リアーヌはクスリと小さな微笑みを浮かべる。
その言葉や仕草はリアーヌから見ても場違いなものだったが、サンドラの頑張りや心配りが良く伝わる素敵な挨拶だと感じていた。
「そんなに気を使わなくても……」
(――チクリ魔に見張られている私じゃないんだから……――さぁリアーヌ気合を入れて! ココはヤツのテリトリーよっ! 口角上げてゆっくり首を傾げる‼︎ ――告げ口マンになんか負けないんだからっ‼︎)
「――ここに来るまでの道中もそれで通していただけたら文句ナシだったんですけどねぇ……?」
いつのまに近くまでやって来ていたのか、サンドラよりも先にリアーヌに声をかけたのは、勝手知ったる態度で校内を闊歩しているボスハウト家の新しい使用人、オリバーだった。
リアーヌはその笑顔を歪めることなくエドガーに向けると、手をあごに当て大袈裟なほどに首をかしげて見せた。
「……なんのことかしら?」
(焦らずゆっくり! お嬢様っぽさには速度も大切‼︎)
「……頬パンパンに膨らませてここまで来といて、それは今さらってもんじゃないっスかぁ? アンナが泣きますよ……」
オリバーはここのところリアーヌに付きっきりになってマナーや立ち振る舞いのレッスンに力を入れているアンナの名前を出して、からかうような視線を向ける。
「……奥方を悲しませるようなこと言ってはいけないのよ?」
リアーヌは内心の動揺を抑えに抑えて、からかい返すような視線をオリバーに向ける。
そしてあごに当てていた手で口元を隠すと、ふふふっとふんわり笑ってみせた。
(――口角上げて! しかし歯は見せないっ! ――本当、貴方が黙ってればバレたりしないの! だから報告とかしないでっ‼︎)
「お義父上に報告するの俺なんですよ……ごまかされてくれるわけないじゃないですか」
オリバーは困ったように苦笑を浮かべながらヒョイっと肩をすくめる。
「……言い方って大切だと思うの」
綺麗に微笑みながら、リアーヌは必死の抵抗を試みる。
「どんな言い方だって通用しませんって……」
オリバーの言葉にリアーヌが顔をしかめるのを必死に我慢していると、感心したようにエドガーが声を漏らした。
「――いつ見てもすげぇな……お嬢様って作れるんだ……」
(――そこっ! 余計なことを言うなっ! いつもこうだってことになってるんです‼︎ 大体、作れるってなに⁉︎ 今の私はいつだってお嬢様なんだからっ ――イメージに合わないお嬢様が一人や二人くらいいたっていいと思いますけどっ⁉︎)
リアーヌは心の中で毒を撒き散らしながらも、エドガーに向かって口角を引き上げた。
「まぁ、エドガー様ったらご冗談がお上手ですこと……」
(頑張るのよリアーヌ。 イメージよイメージ! ビアンカだったらどうするか? どんなことを言うのか⁇ それをイメージしていけば大抵のことは大体乗り越えられるから! …………多分)
「……――うっす」
リアーヌに話しかけられたエドガーは、首をしゃくるように会釈を返すことしか出来なかった。
そんなエドガーにオリバーはため息をつきながら呆れたように口を開く。
「――お前も少しはマナー覚えとけ? ……くれぐれも坊ちゃんの前でその返事すんじゃねぇぞ⁇」
「……すいませんでした」
オリバーに凄まれたエドガーはキュッと唇を引き結びながら、謝罪の言葉を口にした。
(……誰に向かって何を謝ったつもりなのか……)
「――サンドラ嬢もスクラップブックですか?」
リアーヌがジト目でエドガーを見つめたのと同時に、ゼクスがサンドラに向かって声をかけていた。
ニコニコと笑いながら、サンドラが手にしているスクラップブックを見つめている。
「あっ や、その……――流行ってますから? だからやってみたくなったと言うか……その、そこまで深い意味とかは……」
顔を赤く染めながら、言い訳をするようにゴニョゴニョと言葉を重ねていくサンドラ。
ゼクスはそんなサンドラの言葉に大袈裟なほどに頷き返すと「あー確かに流行ってるもんねぇー⁇」と意味ありげな視線をリアーヌに向けた。
(……え、私? ――もしかしてゼクスさんスクラップブックの交換をしてみたかったり……?)
しかし、リアーヌがその疑問を口にする前にオリバーが声をあげ、この場にいる全員を騎士科の建物内のボスハウト家が借りている個室へ入るよう促したのだった。




