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たとえ貴族であっても、男性で花言葉に詳しい者はそこまで多くはない。
パトリックが元々興味を持っていたか、ビアンカのために調べるかしなければ、そんな話は出てこないだろう。
リアーヌはそれを理解していたからこそ素直な賛辞を送ったのだが――
ビアンカがリアーヌに伝えたかった話はそこではないようで、ズイッとその身をリアーヌのほうに乗り出すと、ハッキリと興奮した様子で話し始めた。
「パトリック様の凄さはそんなことでは終わらないわ。 この花ね? ある地方限定で『心変わり』なんて意味を持つ花として扱われているそうなの! それで、今度その辺りの詳しいお話をお聞きする予定なの……」
そう言いながら恥ずかしそうに、もじもじと指を動かすビアンカは幸せそうに微笑む。
「――婚約者に贈る花としては……――独特だね……?」
(正直、婚約者に向かって『心変わり』は無いと思うけど……――送られた本人がすっごい嬉しそうなんだよなぁ……?)
「素晴らしいセンスをお持ちでしょう⁉︎」
「……すごいセンスの持ち主だとは思う」
リアーヌは極力ビアンカを不快にさせないように言葉を選びつつも、しっかりと自分の意見を主張する。
「あなたもそう思う⁉︎ ――始めは義務的に始めたものですけど……結婚前に婚約者の知らなかった一面を知る、いい機会になったと思うわ」
そう言いながら照れ臭そうにしかし、満足気に微笑むビアンカ。
リアーヌはその笑顔が、今まで見たどの笑顔よりも美しいと感じていた。
(――私的にはパトリック様が最大限ビアンカに歩み寄った結果って説に一票。 ……ビアンカの興味を引きそうなものを調べ尽くしたそのリサーチ力は素直にスゴイと思う……――もしかしてビアンカの実家からのリークもあったりして……? ――どっちでも良いか。 ビアンカがこれだけ幸せそうなんだから)
幸せそうなオーラをまといながら、スクラップブックに貼り付けられたランタナの押し花を指先でなぞるビアンカ。
そんなビアンカを見て、リアーヌは小さく笑いながら肩をすくめると、さっさと自分の膝の上に本日の昼食を広げ始める。
木漏れ日が気持ちのいい、よく晴れたいい天気だった。
(――すでに婚約してるんだから、仲違いぐらいじゃ婚約破棄なんてそう簡単には出来ない。 そんなことになったらビアンカには大きな傷がついてしまう……――うん。 そうなんだよ……婚約破棄イコール不名誉な出来事なんだよ! ――その辺ちゃんと理解してますかどっかの主人公さん‼︎ 『貴族だからって本当に愛している人と結ばれないなんて……そんなのおかしいわ⁉︎』とか、もうねっ!)
リアーヌはスクラップブックを手に、中庭を歩いている生徒たちに遠い目を向けながら小さく首を振った。
誰も彼もが幸せそうにしているのを見て、リアーヌの心の中に主人公に対する反発心が急激に強くなっていくのを感じた。
――この幸せいっぱいの光景をぶち壊す災厄そのもののように感じてしまったからなのかもしれない。
(貴族だからこそおかしくなんてねぇんだわ⁉︎ ……――どのルートに進んでも、あなたが本妻の座を望まなければ、ある程度は丸く収まるから! ……頼むから真実の愛とかいって、人様の婚約者と勝手に盛り上がらないでほしい……)
リアーヌは歪みそうになる顔を押さえつけるように額に手を当てると、フー……と大きく息をつきながら空を仰ぎ見る。
心の中は、ここまできてゼクスとの婚約がダメになったらボスハウト家はどうなってしまうんだろう……? という不安でいっぱいだった。
(……そこまで詳しくは知らないけど、来年私たちの婚約が破棄された、なんてことになったらボスハウトとラッフィナート合同の事業、ダメになっちゃったりする? ……超お金持ちのラッフィナートはいいよ⁉︎ でもうちは⁉︎ 最悪子爵の称号を売りに出さないといけない事態になるのでは……? ――最近ようやく使用人も増えてきて「――まるでかつての活気が戻ってきたようです」って笑っていたヴァルムさんたちを悲しませたくなんてないんですけど⁉︎)
「……リアーヌはやりませんの?」
ベンチにもたれかかりながら空に向かって遠い目を向けているリアーヌにようやく気がついたビアンカは、スクラップブックをしまい自分の昼食を準備すると、さりげなさを装って探りを入れた。
「……とりあえずは静観かなぁー?」
ヘラリ……と笑いながら答えたリアーヌに、ビアンカの眉間にシワが寄る。
「――さすがにもう心配ないのではなくて……? 今さらどうなるものでも……ボスハウトとの契約が全てなくなったらラッフィナートとしても大きな痛手でしょうに……」
リアーヌとゼクスが婚約に至った詳しい経緯を知っているビアンカは、この婚約自体をラッフィナート側から無効にされてしまうリスクがまだ残っていることを充分に理解していた。
しかしラッフィナート側がそれをするつもりで動いているのであれば、ボスハウトとの間にこんなにも多くの業務提携を結ぶ必要など無いのだ。
――これらの情報からビアンカは、リアーヌが危惧しているような事態にはならない……と伝えたつもりだったのだが――
「いやぁ……卒業までは現状維持でいいかなぁ……?」
少し傷ついたように笑うリアーヌに、普通の笑顔を取り戻してやることは出来ないようだった。




