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成り上がり令嬢暴走日記!  作者: 笹乃笹世
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「あの、これ……」

「ああ。 ――じゃあ、明後日またここで……」

「はい……!」


 学院の昼休憩。

 教室を出て中庭まで歩く廊下のあちこちでそんな会話を耳にする機会が増え、一冊の分厚いノートを渡し合う男女の姿を見ることが増え始めた。



「まぁ! 愛を乞う詩だなんて素敵ね⁉︎」

「覗いてはダメよ……――前回、それとなくおねだりを……」

「それに答えてくれるだなんてお優しい方じゃない!」


 テラス席に座り幸せそうにはにかむ女性との手には真新しいアルバムのようなものが一冊。


「――おや、それは最近流行りの?」

「ははっ どうしてもと、ねだられてしまってね……そう言う君だって――」


 すれ違った男子生徒たちは、カラフルで愛らしい装飾が施された分厚いノートのようなものを、さりげなく見せ合っている――


「……控えめに言っても大流行なのでは……?」


(……あれ? これ来年の王子ルート大丈夫⁇ 王子ちゃんと主人公のスクラップブックにちょっかいかけられる⁇ なんかもう完全に恋人たちが楽しむ行為になっちゃってる気がするけど……? ――始めは花を添えるだけ――とかだったから、なんとかなるのかなぁ……? ――それに一時的な流行で終わるなら、新入生は知らないとか全然あるかもだし⁉︎)


 ビアンカと共に、お昼を持ちながら中庭へと歩いていくリアーヌは、そこかしこで交換されるスクラップブックの存在に、胃がキリキリと痛むような感覚に襲われていた。


 右を向けば女生徒がスクラップブックを抱き抱えながら歩いて行き、左を向けば男子生徒がなんだか恥ずかしいな……と、頭をかきながらもその手に持つスクラップブックを隠そうともせずに持ち歩いている。

 今や、学校内のどこにいてもスクラップブックを見かけるほどには、マーリオンたちが作り出した流行(りゅうこう)大流行(おはや)りしていた。




「――ってビアンカそれ……」


 いつものベンチに座ったリアーヌは、ビアンカが持っていたものが、いつも読んでいる本ではなく、少し小さめのサイズのスクラップブックだということにようやく気がついた。


(シンプルで綺麗なキャメル色のなめし革だったからすぐに気がつかなかったけど、表紙にデカデカとメモリアルって書いてありますやん……)


「あら、私も婚約中でしてよ? 何か問題あるかしら⁇」

「……ございません」


 少々圧の強い笑顔を向けられ、リアーヌは短く答えながら唇を引き結ぶ。


「大体、確実にレジアンナはフィリップ様にもお渡しするのに、私が渡さないなんて選択が許されると思いまして?」

「あー……パトリック様、ほとんどフィリップ様と一緒だもんねぇ?」


 未来の側近であると同時に、友人同士の二人――さらには領地も隣接している。


 もっと言ってしまうのであれば、パトリックの実家であるエッケルト家は、その成り立ちからパラディールの力を借りて叙爵を受けている家だった。

 そのつながりはリアーヌが考えている以上に強固であったのだ。

 ――その嫡男との婚約が整っているビアンカが、レジアンナも流行を広めるために力を貸したスクラップブックに興味すら示さないというのは、許されるわけもなく……


 しかし、リアーヌの目から見たビアンカの表情は、義務感から仕方なく……といったいったものでは無いように見えた。


(どっちかっていうと、なんか楽しんでるような……?)


「……――以外に楽しんでる?」

「……思っていたよりは楽しめるものでしたわ?」


 ビアンカはツンッとアゴを逸らしながら、高飛車にも見えるような仕草で答えたが、リアーヌはそれが単なる照れ隠しであることをきちんと見抜いていた。


「へぇー? 見せろとは言わないから、こんなのがあって嬉しかったーとかいうの教えてよー」


 リアーヌはニヨニヨと笑いながら、隣に座るビアンカに軽く肩をぶつけながら、からかうような声色で言った。

 よくよく観察してみると、指先を擦り合わせてみたり、口元は笑うのを堪えるかのようにヒクヒクと動いていたり、その一つ一つから、ビアンカが楽しんでスクラップブックを交換しているのが分かる。


(――正直、ちょっと意外。 ビアンカさんってば、結婚なんて所詮は契約でしょ派なのかと……恋愛感情なんて結婚してから芽生えるようになれば良いねー? ぐらいの考えなんだと思ってた……)


「――……知らなかったのだけれどね? パトリック様はとても博識でしたの。 私も見たことがなかった民族が織った伝統的な布や文字なんかをたくさん知っていらしてね……?」


 ビアンカは冷静さを装いながらも、その頬の赤さや瞳の輝き具合から、内心では大変に興奮していることが丸わかりであった。

 ――と、同時にリアーヌはパトリックの多大なる歩み寄りの精神に気がつくこととなる。


「リアーヌ貴女、この花を知っていて?」


 ビアンカはペラリとスクラップブックをめぐりながら、その中に貼ってあった紫色の可愛らしい小さな花を差しながらたずねた。


「――見たことあるけど名前までは……」


 そんなリアーヌの答えにビアンカは満足そうに微笑むと、得意げに話し始める。


(……これはもう完全に自慢したかったやつじゃん……)


「この花はね、ランタナって名前なんだけど、『協力する』とか『一緒に』なんて意味の花言葉が普通んだけどね?」

「えー! パトリック様花言葉に詳しいの? 凄いね⁇」


 リアーヌは素直な気持ちで心からの賛辞を送る。

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