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「お茶会って疲れるね……?」
客人たちを全員見送り、ラッフィナート家が用意してくれた控え室に戻ったリアーヌたちは、ドサリと倒れ込むようにソファーへ腰掛けながら、げっそりとした声を上げた。
「……まぁ、疲れるものではありますけれどね……」
似たような態度でソファーに座りながら、そう答えたビアンカは、どことなく納得がいかない表情を浮かべながらも、その言葉自体には同意してみせた。
いくら、初めての主催だったとしても、ここまで手厚い準備を実家以外の家にしてもらい、当日は友人にその役割をほとんど任せる――などというフォローづくしのお茶会で、果たしてリアーヌが自分と同等に疲れているのだろうか……? と少し疑問を感じてしまったからなのかもしれない。
(けれど、レジアンナの相手は殆どがリアーヌでしたし、スクラップブックの提案にも頭を悩ませていましたし――本の提案も絶妙な采配でしたわね……――あれだけ頭を使えば、気疲れも相当なのかしら……)
ビアンカはそう考え直しながら、ふー……と大きく息をつきながらソッとソファーにその背中を預けた。
「――ああ、そういえば……」
「……んー?」
ビアンカの言葉に、リアーヌはだらけ切った態度で首をかしげる。
「多分、勘違いしたままだと思うから伝えておきますけど、あれマーリオン様たちのお話じゃありませんわよ?」
「……マーリオン様たちのお話……?」
「マーリオン様には男の兄弟がいらっしゃらないから、まだ正式な婚約者はいませんの――まぁ、お家の中では婚約者も決まっているようですけれど――その方は五歳年上という話ですし……――エミーリエ様は、お相手側から熱烈にアピールされてのご婚約を結ばれていらっしゃるから、仲が発展しないなんて事態は考えにくいでしょう?」
「……――え? じゃああの話って誰の……⁇」
「――十中八九『名前を出したく無いどなた様か』のお話でしょうね」
「ええー……」
(あのウソくさい「あくまでも知り合いの話ですのっ!」「そう! 私たちの共通の知り合いが困っていますの!」が、まさかの本当だったってこと……?)
困惑しきりのリアーヌにビアンカはヒョイっと肩をすくめながら笑いかける。
「今回の場合は、気がつかないのが正解――というか、話を合わせるのが正解でしたわ。 例えウソに気がついても、素知らぬ顔で相談に乗るものでしてよ」
「向こうが相談持ちかけて来たのにウソとか……」
ビアンカの説明に納得のいかないリアーヌは、盛大に顔をしかめながら大きく鼻を鳴らす。
「――お知り合いの話だと何度も念を押されたんでしょう?」
「それはそうだけど! あの言い方は『自分のことです!』って言ってるようなもんじゃん⁉︎」
「あなたがどう思おうとマーリオン様はウソなんてついていなかったんじゃない?」
「――それは、そうだけど……」
未だに納得のいっていないリアーヌに、ビアンカは苦笑をもらしながらも、心からの忠告を口にする。
「――確かにそこまで関わりのない方々の関係性なんて、複雑で覚えにくいことだらけですけど、きちんと把握しておかないと痛い目を見るのは自分でしてよ?」
「……その通りだとは思うんだけど……」
リアーヌはビアンカの言葉に同意しながらも、イヤそうに思い切り顔をしかめた。
「イヤでも我慢なさい。 ――覚えた情報の分だけ自分を守ることになるんですもの」
「――でも……今回の場合、マーリオン様たちの事情を把握してたら「えっ来年入学とかありえませんよね?」とか言っちゃってた気がするだけど……それにも関してはどう対処すれば……⁇」
困ったようにそう言うリアーヌに、ビアンカは呆れたようにため息をつくと、ジトッと湿った視線を向けた。
「――マナーや立ち振る舞いの前に、デリカシーやモラルのなんたるかを学ぶべきではなくて……?」
「だって、婚約発表してないって知ってる人が「婚約者の方とー」って言い出したら(あれ? いなくない⁇)ってなるでしょ⁉︎」
「なったとしても、それを指摘する前に(ああ、最近成立なさったのね)とは考えませの⁉︎」
「考え……られる、かなぁ……?」
(いやだって、モラルやデリカシーがあれば何とかなるなら、今の私だって何とか出来てるからね⁉︎ 元々の私だってその程度はあったんだから! だってこの話を現代風に言い換えるなら「私、今度結婚することになってぇー」「えっ相手いないのに⁉︎」ってことで……――あ、アウトだね。 私のデリカシーってば、相当、欠如してらっしゃるわ)
「――……なんだか次からは考えられる自信がついた」
自分が相当に失礼な態度をとるところだったのだと、改めて認識したリアーヌは、渋い顔を作りながら考えを改めることをビアンカに伝えた。
「――そう? なら後は貴族同士の関係性を学んでいけば完璧ね⁇」
肩をすくめながら疲れ切った表情で言う今のビアンカに、リアーヌとの会話を楽しむ余裕はまるで無いようだった。
そしてそんなビアンカよりも多少は元気ではあるものの、それでも相当に気疲れしているリアーヌも、乾いた笑いをもらしてソファーに背を預け、深く沈み込むのだった。
――心の中では(きっと私には完璧になれる日なんて、一生来ないんだろうな……)などと考えながら――




