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「なるほどなるほどー……今度、本当に本にしてもらったらどう? 題名は『スカーレット物語』で決定だね」
止まらないフィリップ様カッコいい話の合間に、リアーヌは苦肉の策として本作りの話題を振る。
「いやぁぁん! そんなの恥ずかしいじゃなぁいっ! ……でも本当に物語になったとしたら素敵よねぇ……?」
リアーヌ策は多少の効果を見せたのか、レジアンナはおしゃべりをやめ、うっとりと遠くを見つめながら、その物語に思いを馳せ始めた。
――しかしリアーヌの誤算は、そうなった瞬間、他のご令嬢たちがゆっくりと、しかし一斉に席を立ったことだろう。
ギョッとしながら少女たちを見つめ、笑顔であしらわれ、最後にさっさと立ち去っていったらビアンカの背中を見つめながら、リアーヌはキュッと顔中にシワを寄せたのだった――
「あのマーリオン様?」
無事に避難した一人のご令嬢が、同じく避難を完了させたマーリオンに声をかける。
「なにかしら?」
「その……――私たちもスクラップブックを交換し始めたら、お気を悪くされてしまうかしら……?」
それは、自分達にも婚約者や好きな人とスクラップブックを交換させて欲しいという打診だった。
マーリオンは隣にいるエミーリエに視線を走らせた。
そして、満足そうに微笑みながら頷いているエミーリエを見て、自身も満足そうに微笑み返すと、話しかけてきたご令嬢に向かいしっかりと頷いた。
「とんでもございません。 殿方とて流行には敏感なもの――流行しているのであれば……と、気恥ずかしさや軟弱なもの、といった拒否する気持ちを抑える抑止力につながるかもしれませんもの」
「ありがとう存じます! ――では私たちは流行の最先端を行くことになりますのね⁉︎ ワクワクしてしまいますわ?」
マーリオンに話しかけた少女は嬉しそうにはしゃぎつつも、その瞳をギラリと輝かせた。
『流行の最先端』
それはこの国の貴族たち――特に女性たちにとっては、憧れの立ち位置だった。
――そして声をかけた少女は確信していた。
さっきの話を断られなかった時点で、マーリオンたちが――いや、シャルトル公爵家が、これを流行らせるつもりでいるという事実を。
「もちろん学校内という限られた場所になるのでしょうけれど……」
困ったようにエミーリエが言うと、その言葉の続きをマーリオンが引き取る。
「そうよねぇ……国中の女性たちにまではやらせることが出来たら凄いんでしょうけど……――お姉様方を差し置いて私たちがそこまでできるとは思えませんし……」
そう言いながらも、マーリオンはその可能性すらあることを、自信たっぷりのその表情で周りの令嬢たちにアピールしていく。
――公爵家が力を入れれば、その程度の流行などあっという間に作り出せる……――ここに集まる少女たちはその事実をよくよく理解していた。
「まあ、楽しそうなお話ですこと! 私たちも参加してよろしいかしら?」
「――もちろんですわ?」
「私たちもよろしくて⁇ ――流行を作る一端になれるなんて、なんて幸運なことなのかしら!」
「ええ、ええ! 憧れですわよね⁉︎」
「あら、あなた様も⁉︎ 実は私もなんですよ!」
「あらぁ‼︎」
一人の少女が声をかけたことをきっかけに、お茶会に参加していたほとんどの少女たちがマーリオンたちを取り囲み、キャッキャと楽しそうにはしゃぎ出す。
その姿は、決して淑女とは言えない、年頃の女の子たち――といったものであったが、それほど興奮してしまうほどには、流行を発信する側というのは、大きなステータスだった。
そして、マーリオンたちがその流行の一端に自分達の派閥以外の者たちを引き入れたのは、この案を授けてくれたリアーヌ、引いてはラッフィナート男爵家への感謝の気持ちの表れだったのだが、リアーヌがそれに気がつくことはなかった……――だが、ビアンカやゼクスには的確に伝わるであろう事実だったので、それでいいのだろう――
「ねぇ、リアーヌはどちらがいいと思いまして?」
「え、私⁇」
「だってビアンカは、フィリップ様に内緒にして小部数作るのが良いって言って、でもダニエラはフィリップ様やパラディール家の許可をもらって、大々的に発表するのか良いって……――残ってるのはリアーヌだけじゃない」
マーリオンたちを中心にスクラップブックのことではしゃいでいる多くの少女たち。
それを横目にレジアンナはスカーレット物語を本気で作り出そうとはしゃいでいた。
そのテーブルについていたのはレジアンナとリアーヌ、そしてダニエラという少し年上の少女と、不穏な話の流れを察知して同席することにしたビアンカの4人だった。
ダニエラとビアンカはレジアンナの両隣に陣取り、攻撃的な笑顔を浮かべあっている。 話の焦点となったのはスカーレット物語の発行部数だった。
ダニエラは、背の高いきびきびとした動きが特徴的なご令嬢で――今回のような少女たちだけとはいえ、レジアンナの私室という、護衛とはいえ男性が表立って立ち入れないような場所では、その扉を守るのが精一杯となってしまう。
しかし、それでも自分の娘に護衛をつけたいと思うならば、ダニエラのような護衛訓練を受けた少女を付ける――といったやりかたもあった。
――もちろん護衛といえども参加者であり、少女であるならば恋の話で盛り上がることもあるようだが。
「絶対に大々的に刷るべきですよ! そしてゆくゆくは劇場で演じていただくんです!」
「……少なくとも結婚するまでは難しいと思われますが……?」
瞳をキラキラと輝かせながら力説するダニエラに、ビアンカは頬を引きつらせながら「どうなのかしら……?」と言いたげに首を大きく捻る。
たとえ名前や階級を濁したとしても“スカーレット”その単語だけで、誰を指しているのか、分かる者には分かってしまう。
――婚約者相手とはいえ、節度ある距離感を保っていないと、すぐに不名誉な噂につながってしまう社交界では、婚約者同士であるからこそ、気を使うことは多かった。




