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「――では日記では無くスクラップブックならどうでしょう?」
「スクラップブックですか……?」
「それを交換するってことかしら?」
「はい。 例えば今日だったら、招待状かなにかからラッフィナート男爵家の紋章を切り抜いてペタっと貼り付けたり、お茶会をしたことが分かるものを貼り付ける。 こんなケーキがあって美味しかったとか可愛らしかったとか、少しの感想と共に――……これは例え話なので書かなくても平気です」
「……それをお渡しして、向こう様ははどうなさいますの?」
「同じように数日中の印象深かったことに繋がるなにかを貼り付けていただければ……――別にお茶会のことには返事なんてしなくていいんですよ。 向こうは向こうで、綺麗だと思った花とか気に入っている紅茶とかを貼り付ける。 お互いがお互いに想い出をスクラップブックしていくだけなんです」
(ゲームの中の二人は、片方は押し花一択だったのに、ハッピーエンドまで行ったんだから、多少は仲良くなれると思うよ!)
「お互いがお互いに……」
「まぁ……万が一紛失してしまっても問題は無い……んでしょうけどね……?」
マーリオンたちは、お互いの意見を探り合うように視線を交わし合う。
「お互いのことを知るきっかけにはなると思うんですけど……」
反応があまり良くないと感じたリアーヌは、語尾を濁しながら(この案もダメかもしれない……)と少し肩を落としていた。
「……スクラップブックで?」
「お茶会に行ったことぐらいしか分からないんじゃなくて?」
その言葉で、リアーヌは二人がスクラップブックを交換しても仲良くなれる未来が想像できていないだけなのだということに気が付いた。
(心配はいらないんですよ! この方法でこの国の第二王子を落とした女だっているんです‼︎)
「今日のだけならそうかもしれませんけど、ずっとケーキの話をしてたら、ああ、ケーキがお好きなんだな。 とか、何度も同じ花の押し花が貼ってあったら、この花がお好きなのかな? とか、もしかしたら花言葉で気持ちを伝え合えるかもしれません。 それに交換ですからそれを理由に何度も会いに行けますし……」
リアーヌの最後の説明に、二人は揃ってピクリと反応を示した。
そして大きく頷き合いながら意見を交わし合う。
「――少しでも思い出を知っているなら、次にお会いしたときの会話が弾みそうよね?」
「ええ! それに貼ってあるのがなんの思い出なのか分からなくても、それをきっかけに会話が進むこともあると思います!」
(――どんだけ会話が進まないんですか……? 男性の社交だって会話が基本でしょ……⁇ 女性とはうまく喋れないタイプの方々……⁇)
少し疑問に思ったリアーヌだったが、貴族社会では“知らない”という事実も失礼になる場合が多い。
そのため、リアーヌはさも二人の婚約者が誰であるのか分かっている風を装いながら会話を続けるのだった。
「お店のロゴをスクラップしていたら、お相手がそのお店やそのお店の商品に付いているロゴを見た時に、お二人を思い出してくれるかもしれません」
(王子は主人公のこと思い出してたよ)
「――慎ましいですわ⁉︎」
「なんていじらしいアピールなのかしら⁉︎」
リアーヌの説明に、二人は手を取り合ってきゃらきゃらと喜び合う。
(良かった……気に入ってもらえたみたいだ)
嬉しそうに笑い合っている二人を見ながらリアーヌはホッと胸を撫で下ろしていた。
そんな時ふと視線を感じ、そちらに顔を向けると、ジッとこちらの様子を伺っているレジアンナと目があった。
「――なんだかリアーヌが面白そうなことをしている気がするの」
その言葉にビアンカはすぐさま反応して椅子から立ち上がる。
「そのようですわね? 聞きに参りましょう」
(わー……ビアンカさんってば良い笑顔ー……)
「――ステキ⁉︎ とっても素敵だわ!」
スクラップブックの説明を聞き終わったレジアンナは瞳をキラキラと輝かせながら言った。
レジアンナが興味を持ったことで、他のご令嬢たちの興味も引いたのか、そのテーブルの周りには数多くのご令嬢たちが集まり、一緒に説明を聞いていた。
そのご令嬢たちもレジアンナの意見を支持するように周りと視線を交わし合い、どこか期待するように大きく頷き合っている。
「……でもレジアンナはデートも手紙も沢山してるでしょ?」
リアーヌはからかうように言うが、レジアンナはその言葉に少し寂しそうに肩をすくめた。
「――それでもフィリップ様の日常なんて、知る機会もほとんどありませんわ」
「……そうなの?」
「そりゃあ、子供の頃は知っていたわ? でも今は……――きっともう好みだって変わってしまっているでしょうし……」
「あー……さすがにその頃と一緒……とは、ならないかぁ……」
その言葉に、レジアンナは少し迷うそぶりを見せながらも、ゆっくりと口を開いた。
「――……お恥ずかしい話ですけれど……私ずっとフィリップ様は妖艶なタイプの女性がお好みなんだと……」
レジアンナの発言に、周りの令嬢たちはなんと答えて良いのか迷い、思わず視線を彷徨わせる。
ビアンカですらなんと言って話題を変えるべきか言葉に詰まったのだったが――
「ああ、それで……」
と、リアーヌが持ち前の無知さを披露したことで、その場の空間が一瞬だけ呆れたように緩く変化した。




