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「……それに同じ学校に通っているのに文でやりとりというのも……」
エミーリエも眉を下げながら、言いにくそうに言葉を濁す。
「確かに……――では交換日記とかどうですか?」
(なんかの本で読んだことあるよ? 昔の日本では、清く正しい交際方法の初手は交換日記だったんでしょ⁉︎ だったらこの国でも通用するんじゃない⁉︎)
「交換、日記ですか?」
顔を見合わせて詳しい説明を待っている二人に、リアーヌは笑顔で頷く。
「はい。 やる事は日記の交換なんですけど……一冊のノートに交互に日記を書いていくんですよ。 それで相手はそれを読んで、そんな一日を過ごしたんだなーとか、こういうことが好きなんだーって相手を理解していく……的な?」
(私もやったことないから良く分かんないけどっ!)
しかしリアーヌの説明を聞いても、二人の表情は映えないままだった。
「――万が一にも紛失してしまった場合、とんでもないことになるのでは……?」
「えっ⁉︎ そんな大事になっちゃいます?」
「書いてある内容にもよるとは思いますけど……――どなた様かへの批判や不満だと捉えられてしまったら、二人で笑い者にしていたと認識されてしまう危険性も……」
「あー……ね?」
なら、そんなこと書かないだけで解決なんじゃ……と思うリアーヌだったが、貴族というものは大抵が相手の言葉尻を捕まえてその相手への攻撃材料にする。
そんな中で、ハッキリと書き記されてしまった文章はどれほど大きな攻撃材料となるのか……
リアーヌはその辺りのめんどくささを本能で理解して(この案は無理だな……)という考えに至ったようだった。
(――大体、誰に見られても良いようなことしか書かない交換日記で仲が深まるわけないと思うし……――あー、だから第二王子ルートだとスクラップブックが重要アイテムになるのか……)
リアーヌはまた新しい案を考えている素振りで、紅茶で唇を湿らせながらゲームの中に出てきたスクラップブックについて考えていた。
あのゲームの主人公は第二王子ルートでだけ出てくる趣味があった。
それは幼い頃より、想い出に残るような“なにか”があった時、その思い出につながるものを一冊のノートに貼り付けて、自分だけのスクラップブックを作るというものだ。
落ち葉や押し花、美味しかったお菓子のリボン。
サーカスのチケットや、可愛いチラシの一部など――主人公の好きや可愛いを詰め込んだスクラップブック――
――第二王子ルートに入ると、主人公はそのスクラップブックを盗まれてしまう。
必死に探し回る主人公だったが見つからず、次の日もスクラップブックを探すために朝早く登校した主人公の机の中には、主人公のスクラップブックと共に一輪のスノードロップが置かれていた。
喜んだ主人公はその花を押し花にすると、感謝の言葉と共にスクラップブックに貼り付けて――……そしてそんなことが二度三度と重なって――
(……うん。 「主人公迂闊すぎん?」は禁句だよ。 きっといじめっ子が有能だっただけだから‼︎ 「家に置いてこい」もやめたげてっ‼︎)
いつものようにスクラップブックを探していた主人公は、王子がそれを持って歩いているところを目撃、あいつが犯人なのね⁉︎ と勘違いしてしまい口論に……それがきっかけで少しずつ距離が近づいていく二人。
好感度が高くなっていくと、王子は主人公のスクラップブックに勝手に押し花を貼り付けるというイタズラを始める。
そしてそれはいつしか当たり前の行為になっていって――
物語も終盤になってくると、その押し花の花言葉が主人公へのメッセージになっていることに気がつき、主人公は王子の元へ走るのであった――
しかし王子の元にたどり着いた主人公が目にした光景は――……
(……一般的には王子ルートって、激甘キュンキュン! って大人気なんだけどねー……――ネットじゃ「キュンキュンしすぎて気持ち悪い」とかいう迷言まで出てたし……――私は好きになれなかったけどー。 でもそっか……書いたとしても短い単語程度しか書いてなかったから王子側もずっとちょっかいかけられてたってことなのか。 花言葉なんか、知らなかった、美しく咲いていたから適当に――って言い訳もしやすそうだし)
「……なにか無いかしら?」
エミーリエが悲しそうに眉を下げ、しょんぼりしながらたずねる。
リアーヌはその姿を見て、同じように眉を下げながら、視線を彷徨わせた。
(そんな顔しないでぇー……――そりゃ、誰だって婚約者とは仲良くなりたいよねぇ……? だって結婚するんだもん……――言ってもいいかなぁ? ……別にスクラップブックが主人公だけのものってわけじゃ無いし……――この人たちがスクラップブックで婚約者と仲良くなったって主人公にはなんの影響もないし……)
リアーヌはチラリとレジアンナとビアンカが座る席に視線を送りながら心を決める。
(……あれに比べれば、そよ風程度の影響も出ないって確信があるわ……)
フィリップやフィリップとフィリップなんかの話が、とどまる所を知らないレジアンナの姿から、そっと視線を外しリアーヌは二人に微笑みかけた。




