200
そもそも、この少女たちをこの席に座ることを許したのはレジアンナだったからだ。
最初、ビアンカはこの少女たちを他の席に誘導しようとこの席までやってきていた。
挨拶程度ならば妨害するつもりはないが、このお茶会の主賓であるレジアンナの望みがリアーヌとのお喋りにある以上、この少女たちを見過ごすわけにはいかなかったのだが――
そんなビアンカにレジアンナのほうから、少しの仕草で「そのままにしておいてほしい」と頼まれたのだ。
主賓が望むのならば……と、その場は引き下がったビアンカだったが、いつレジアンナの考えが変わるか分からない以上放置はできないと、そっと同席を求め、今もレジアンナの様子や同席を申し出た少女たちをつぶさに観察していた。
(……確かマーリオン嬢のご実家ははシャルトル公爵家が後ろ盾のはず……――あそこのお嬢様とレジアンナ様は良好な関係ですし……――その辺りのお客様なのかしらね?)
ビアンカは貴族のつながりを頭の中で思い描きながら、そしらぬ顔でカップに口を付ける。
(――どのみち、リアーヌ本人に用があるのは明白。 だったら多少の無礼もマナー違反も大目に見てもらえるでしょ)
ビアンカは、しどろもどろになりながら、必死に取り繕おうと努力しているリアーヌの言葉を聞きながら、ほんの少しだけ肩の力を抜くのだった。
「アイデアと言いますか、思いつきと言いますか……あっ、褒めていただけたことはもちろん光栄です!」
答えることに精一杯で自分から話を広げられないリアーヌに、レジアンナがクスリと笑いながら声をかけた。
「その何気ない一言が、他の者にとっては重要だったりしますのよ」
「……そう、なの?」
「――少なくとも私たちにとってはそうでしたわ?」
「え、レジアンナたち⁇」
「……フィリップ様がおっしゃっていましたの。 『あの茶会でリアーヌ嬢が指摘してくれなかったら、自分の非にも気がつかず、これから先もずっと過ちを犯し続けていたかもしれない……』って……」
「あやまち……」
(――後悔とかは一切してないんだけど、誰かから見た今の状況って過ちそのものな気もしなくもないけど……――あレジアンナが幸せいっぱいだって言うなら、もう気にするのはやめようかな……? だって良く考えてみたら、この世界って別に主人公のための世界、ってわけじゃないし――私が主人公のために配慮しなきゃいけない理由もないし!)
「そうよっ あやまち!」
リアーヌが少し考え事をしている間に、レジアンナの中でなにがどう盛り上がってしまったのかは不明だが、うっとりとした表情で空の彼方を見つめるその姿に、盛大に嫌な予感を覚えた。
(これは、もしかしなくったって、間違いようのない“おノロケ注意報”だな?)
「『こんなにも美しく成長していた君に気が付かなかったことは、私の人生盛大の後悔だ。 そして、もしも未だに、これから更に美しくなる君に気がつけないままだとしたら……――それは人類が犯す全ての過ちよりも罪深いことだろう……』ですってぇぇぇっ!」
(――だんだんフィリップの声真似が上達して来てんの、地味に腹立つな……)
ペチペチと腕を叩かれながら、リアーヌは顔をひくつかせた。
「もうっフィリップ様ったら、情熱的すぎますわよねっ⁉︎ これじゃ私の心臓が持ちませんわ⁉︎」
そう言いながら頬を押さえたレジアンナは、身体をくねらせながら訴る。
その姿をチロリと見たリアーヌの視界の端に、引きつった笑顔を浮かべた少女たちと、きゅっと唇を引き結んだビアンカの様子が見えた。
(――……待って? この子たちって暫定、私に用がある人たちだよね? 例え私の勘違いだったとしても、この瞬間はレジアンナから離れたいと思っているはず……――そしてここにはビアンカも同席しているわけだから……)
「――あビアンカ、私あっちでお話しして来るから、ここでレジアンナのお話聞いてあげて? 行きましょっか⁇」
そう言いながらスマートにスルリと席を立つリアーヌ。
「――えっ⁉︎」
驚きの表情を浮かべるビアンカを置き去りに、リアーヌは少女たちと少し離れた席へと移動する。
「あら! ビアンカもお聞きになりたいの⁉︎」
「えっ、ぁ……――もちろんですわ?」
「まぁどうしましょう! ちょっと恥ずかしいわ……」
「それなら――」
「でもビアンカだったらよろしくってよっ!」
「…………ありがとうございます」
立ち去るリアーヌたちの背中にそんな会話が聞こえてきたが、リアーヌは一切振り返ることなく、空いているスペースへと足を進めた。
「……よろしかったのかしら?」
少女の一人――マーリオンが、チラチラとレジアンナたちを気にしながらたずねる。
その様子にリアーヌはヒョイっと肩を小さくすくめる。
「――私、ここ最近のフィリップ様の愛の囁き、そこそこ言えちゃえるぐらいにはたくさん聞いてきたんで、少しぐらいよろしいと思います」
「……でしょうね?」
「はい」
曖昧に笑って答える少女たちに、リアーヌはスッキリとしたような笑顔を向けて答えた。
リアーヌたちが空いている席に着くと、ラッフィナート家の使用人たちがササっとお茶の準備を整え、お茶菓子をテーブルに並べてくれる。
お菓子を給仕してくれた女性が席を離れたところで、自己紹介もそこそこにマーリオンは声をひそめて「――実はね?」と本題を切り出した。
「私――いえ、私たちね? 私たちリアーヌ様にご相談したいことがありまして、レジアンナ様にお願いして本日参加させていただきましたの」
(――あ、ゼクスやゼクスのご家族まで喜んでた、シャルトル公爵家に近しいお客様って、この人たちのことだったんだ)
「そうだったんですね……――それで相談とは……?」
「その……」
リアーヌの言葉に二人はチラチラとお互い見つめ合いながら恥ずかしそうにモジモジと身をくねらせ始める。




