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「――えっ最初から派閥に入るって話だったの⁉︎ フィリップ様まで⁉︎」
パンを齧ろうと、口を開けたままの顔で驚愕に目を見開くリアーヌ。
ゼクスと別れ、売店で手軽に食べられるパンやフルーツを買った二人は、いつものベンチに座って、少し遅めの昼食をとっていた。
「そうよ」
ビアンカもパンを食べてはいたが、こちらはお行儀よく、一口大にちぎったものをゆっくりと口に運んでいる。
「ちょっと力貸してー、くらいの話なのかと……」
「だからあんなにあっさり断ってたのね……――あなた、腹も立てずに何度も誘って下さったラッフィナート殿に感謝しなさい……?」
「何度も……? ――でも怒らせなくってよかったぁ……――あれ? パラディール様って本当に怒ってないんだよね……?」
(あの2人ちょっと相性悪そうだったよ? なのに私はどうやらゼクスの派閥に誘われたみたいで――大丈夫だよね? だってフィリップは怒ってないってビアンカ言ったもんね? ……正直、すでにミストラル家とシャルトル家だけで手一杯だよ? ここにパラディール家が参戦したら、対処しきれなくなっちゃうよ⁉︎)
不安そうに顔をしかめるリアーヌに、ビアンカは呆れたように息を吐くと「怒ってないってさっきも言ったでしょ」と投げやりに答える。
「あれだけ明確にラッフィナート家に付いたんだから、いやが……――可愛らしいイタズラの対象にはならないわ。 ラッフィナートとの敵対行動になるもの」
肩をすくめて話していたビアンカだったが、ベンチのそばを人が通りかかったったのを見て慌ててイタズラだと言い繕った。
「そうなんだ……――でもラッフィナート家って、ものすごいお金持ちだけど身分は平民じゃん? ……派閥のトップとか、なれちゃうの⁇」
(……ゲームでそんな描写なかった気がするけど……――まぁ、そこそこ貴族程度じゃ相手にしてもらえないほどのお金持ちなわけだから、守る力もそれなりに持ってる……のかなぁ?)
「表向きはなり得ないわね……」
「表向き……」
リアーヌはそう呟き、持っていたパンにかぶりつく。
「けれど、パラディール公爵家とやり合えるだけの財力を持ってるの。 それも爵位もなしに……これで派閥が作れなかったら、うちの国の派閥なんか五本の指におさまってしまうわ」
「――確かに……」
自分の話に素直に納得するリアーヌに、どこか得意げに、しかしそれを隠そうと表情を取り繕いながらさらに続ける。
「……それでも本格的にやりあったらラッフィナートはパラディール家には勝てないわよ?」
「えっそうなの⁉︎ でもめっちゃ自信満々に言い返してたよ?」
「そりゃ、ラッフィナート家と本気でやりあったらパラディール家だって無傷じゃいられないもの。 その選択をパラディール家が選ばない、そんなギリギリの所を見極めてケンカ売ってるの」
「商人というより、ギャンブラーよ……」とため息混じり続け、ビアンカはカットパインを口に入れた。
「パラディール公爵家だもんねぇ……そりゃ平民は勝てないかー。 人脈も凄そうだもんね?」
「――人脈だけでいうならラッフィナート家も負けてはいないと思いますわ?」
「……そうなの?」
「そりゃ我々貴族とはまた違った人脈よ? でも国で一番の商家ですからね……文字通り、国中に支店を持つあの家の情報網はとてつもないですし……それに加えて貴族や王族とも繋がりがある――」
「……で、とんでもない財力……――充分、派閥作れちゃうね?」
(さすがは長年貴族になれと圧をかけられ続けてる大商家様やで……――そんな所に就職できるかもしれない私ってば、もしかしてとんでもないラッキーガールなのでは⁉︎ ――……あれ待って? 私就職先決まったんだよね……? ってことはつまり――)
「……すでに就職決まったなら、もうマナーも成績とかもどうでもいいのでは……?」
「――そうなったら私との関係もここで終了ですけれどね……?」
圧の強い笑顔ですそう言われ、リアーヌは慌てて口を開く。
「あウソ。 冗談。 全然言ってみただけ!」
ヘラヘラと笑いながら言い募るリアーヌに、呆れたように肩をすくめたビアンカは極々小さな音で鼻を鳴らすと、クスリと笑いながらイチゴを口に入れた。
そんな仕草で、ビアンカが本気では怒ってはいないということを理解したリアーヌは、ホッとしたようにふにゃりとした笑顔を浮かべると。再びパンにかぶりつき、もぐもぐと大きく口を動かした。
その光景を見ていたビアンカがこっそりとため息をついていたが、リアーヌがそのことに気がつくことは無かった。
(しかし……ゼクスもフィリップも見事なまでに他人行儀だった……――いや実際、初めましての他人なんだけどー。 ダメだなー私。 ……まだゲームの感覚が残ってる……主人公してた時は最初の出会いから親切にしてもらってたからなぁ……あの二人の態度に圧倒的な“コレジャナイ感”を感じてるよ……――あ、これこの先も本当に写本の仕事とか請け負うなら、呼び方とかしっかり気をつけないと……! うっかりゼクス呼びしちゃったら、あの好条件内定が取り消しになるかもしれない……‼︎)
そんなことを考えながらもぐもぐと口を動かしていたリアーヌ。
隣からカサカサという音が聞こえ、そちらにチラリと視線を送った。
そこにあったのは、すでに昼食を食べ終えたビアンカが荷物をまとめて立ち上がっている所だった。
目があったビアンカにリアーヌは視線と仕草で「どこ行くの?」とたずねる。
そんなリアーヌの様子にビアンカは小さく息を吐きながら中庭に立っている、豪華な飾り細工のついた時計を指差しながら口を開いた。
「もう教室に行かないと午後の授業に遅れるわ。 ――まだ食べているなら私は先に行くけれど?」
その言葉にギョッとしたリアーヌは食べかけのパンを急いで口の中に押し込み、頬を膨らませながら移動の準備を始めた。
「今更ですけれど……その食べ方、あまり美しくはなくってよ……?」
モゴモゴと動くリアーヌの膨らんだ頬を、気の毒そうに見つめながら、ビアンカはそっと伝えた。
(こうなった原因はビアンカさんでは⁉︎ いや、教えてもらえて感謝だけどさ! ……――それでも私、大切なご飯の時間を削ってあなたの写本作りに協力した気がしてますけど⁉︎)
急いで咀嚼しながら荷物をまとめつつ、リアーヌはビアンカに不満げな視線を送った。
「――早くしないと置いていきますわよ」
リアーヌがあらかたの荷物をまとめ終えたのを確認すると、ビアンカはそんな視線など無いかのように華麗にスルーしてスタスタと校舎の方へ歩き始める。
周りの生徒たちも足早に校舎に向かっているので、ここから教室にに戻るためには、時間的余裕が本当に無いことが分かる。
「ま、待ってぇー」
ようやく口の中のパンを飲み込んだリアーヌは荷物を抱えて軽く走りながら、ビアンカの背中に情けない声をかけるのだった。




