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「それで髪をお切りになられたんだけど……――短い髪のフィリップさまも格好良くってぇー! 私ったら恥ずかしくなってしまって、まともに目も見つめられなくなってしまってね⁇」
「うんうん」
「そしたらねっ! フィリップ様がわたくしの手を取ってね? ――こうよ、こう取ったの!」
レジアンナはそう言いながら、リアーヌの両手を自分の手で包み込むように握りしめる。
「なるほどなるほど?」
「私はまだうつむいてたのよ?」
「ふむふむ?」
「――なんで言ったと思う⁉︎」
「……ナンダロウナー? りあーぬ、全然ワカンナイナー⁇」
「こう仰ったのよっ!『今日は私を君の瞳に映してはくれないのかい? 愛おしいスカーレット……』――ってぇぇぇ‼︎」
「うわぁ、スカーレットスカーレット」
リアーヌはレジアンナがペシペシと叩いてくる腕を庇うように身を捩り、貼り付けた笑顔のまま相槌を打つ。
(――お茶会って、もっとこう……優雅でお上品なものだと思ってたんだけど……――こんな会話で良いなら、私でもいくらだって出来ちゃうな……?)
本日、ラッフィナート邸ではラッフィナート男爵家主催のお茶会が開かれていた。
リアーヌはゼクスに『座っているだけで良いから……』と言われ、渋々ホストを引き受けていた。
ゼクスとしてもリアーヌに任せるのは不安しかなかったが、パワーバランス的に招待されてばかりだと障りがあったため、開かないわけにはいかなかったのだ。
ラッフィナート邸の美しい庭に、沢山のテーブルとイスを並べ、テーブルの上には色とりどりの花々と菓子がこれでもかと飾り並べられ、多くの参加者が楽しそうに談笑している――とある一角を除いて。
「ちゃんと聞いて!」
「聞いてますぅー。 なんならこれから先のこと全部代わりに喋れるくらいにはちゃんと聞いてるんですぅー!」
(……レジアンナ、ちゃんと解ってる? これってラッフィナート男爵家の主催のお茶会だから、私がホストなんだよ⁉︎ でも最初の挨拶が終わってからずっとあなたとお話ししているのっ‼︎ なんでなんだろうね⁉︎ 不思議だねっ⁉︎)
「ビアンカ! リアーヌがヒドイのよ‼︎」
気分を害してしまったのか、レジアンナは頬を膨らませながら隣のテーブルに座って談笑しているビアンカに向かい、癇癪を起こしたかのように言い付ける。
そんな様子のレジアンナに声をかけられたビアンカだったが……そのテーブルに同席していた少々たちも、更にはレジアンナの声が聞こえたであろう全ての参加者たちも、誰一人は慌てることはなく、ニコリと対外的な笑顔を浮かべてチラリと視線を流すと(ああ、またか……)とでも言いたげな空気を醸し出しながら、表面上はにこやかに、それぞれの会話に戻っていった――
「そうなんですのね。 リアーヌヒドイわよ」
そしてビアンカは、レジアンナにコクリと頷くと、もう何度目になるのか分からないほど繰り返した言葉をリアーヌに投げつけたのだった。
「イエスマンとか良くないと思うな……」
数えきれないほど繰り返したやりとりに、リアーヌは大きなため息をつき、うんざりとした内心を隠そうともせずに、顔をしかめた。
「――あらダニエラ様、こちらのケーキはお食べになられまして? フルーツがとっても新鮮ですのよ――……お客様のお相手は私がしておくから、リアーヌはレジアンナのお相手だけに専念なさい?」
ビアンカはとても良い笑顔でそう告げると、席を立ち会場内を見回す、そして客人たちにお菓子やお茶を進め、そのドレスやアクセサリーなどを褒めて会話を盛り上げ始めた。
(……もはや悔しさなんて感じないほどに、ビアンカが対応した方がお茶会は上手くいくんだよ……――ただ……やっぱりビアンカがそっち側なの納得したくないんだよなぁ……)
「――専念なさい?」
遠い目をしているリアーヌのほうにズイッと身を乗り出したレジアンナは、ニヤリと笑いながらイタズラっぽく首を傾げる。
そんなレジアンナに軽く肩をすくめると、リアーヌは恭しく頭を下げながら口を開く。
「仰せのままに、スカーレット様」
「まぁ、ダメよダメ! その名はフィリップ様だけが使うものなのっ!」
「はいはい。 じゃあレジアンナ様ね」
「様はいらないのっ」
「じゃあ、レジアンナ!」
「それで良いのよ。 あ、そうそう! フィリップ様といえばね⁉︎ この間前髪をお切りになられたんだけど……――」
「ハハッ……――キャー、フィリップ様カッコイー!」
またループ何始まった……と、ゲンナリした表情を浮かべたリアーヌは、投げやりな態度で相槌を打つ。
「もう! リアーヌはフィリップ様を褒めてはいけないの‼︎」
「――フィリップ様カッコ悪ーい!」
ぷりぷりと怒り始めたレジアンナをからかうように反対の言葉を口にする。
「ビアンカ‼︎ リアーヌがイジワルするのっ」
母親に言い付ける幼子のように、レジアンナはビアンカの名前を呼んだ。
その声にビアンカはすぐさま反応して、レジアンナたちの座るテーブルまでやってくると、誰からもなんの説明も聞かずにリアーヌに向かって口を開いた。
「そうですね? リアーヌ、レジアンナに謝って」
「……ごめんなさーい」
(今のは確かに私も悪かったけど、お茶会的には自分の話を止めないレジアンナだって相当なマナー違反ですけどね⁉︎)
「もっとちゃんと謝って!」
ビアンカという心強い味方を背中に貼り付けて、レジアンナは胸を張るように要求する。
「ごめんなさい!」
ヤケクソのように謝るリアーヌにクスクスと楽しそうに笑いを漏らすレジアンナ。
「んふふっ 許して差し上げてよっ ――でね⁉︎ 髪をお切りになられたフィリップ様が――」
再び始まってしまったフィリップ様が前髪を切った話に、リアーヌの顔が絶望に染まるのと、ビアンカが華麗なターンを決めて席を離れたのは同時だった――
(誰か……誰か助けてください……)