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今のレジアンナの現状が、リアーヌにとって有利に働いているようだ。
――なんてことはない、実に単純な理由だ。
つい最近、ようやく婚約者と再び心を通わせ合ったレジアンナ。
その口から出るのは婚約者のことばかり。
レジアンナの終わらないノロケ話に、周囲の人間たちはすでにうんざりしていた。
――リアーヌはそんな中に放り込まれた、体のいい生贄だった。
レジアンナ様があそこまでリアーヌ嬢を気に入っている事実は面白くないけど、今のレジアンナ様の相手はちょっと……――特別な友達なんでしょ? 相手よろしくねっ!
……と、いうのが少女たちに共通する本音だった。
ビアンカはそんな少女たちの機微を正確に読み取り、さっさとリアーヌとレジアンナをこの勉強会から離脱させ、自分の社交を充実させていた。
(……でもさ? レジアンナからしたら、ようやく妹期間が終了して念願の恋人期間に突入したところなわけでしょ⁇ 頭にお花が咲き乱れちゃっても仕方がないトコもあるよねー……――まぁ、今も昔も変わらず婚約者同士ですよね⁉︎ って意見もあるけどー)
リアーヌは、フィリップが王子様のように格好良かった話の六回目を聞き流しながら、頬を染めているレジアンナに生ぬるい視線を送った。
そして恨めしさをその視線に込めて、早々に自分をスケープゴートにして自分だけは楽しくおしゃべりに興じているビアンカをジロリと睨みつけた。
(なんで、ビアンカがそっち側にいるのかとっ! ずるいよっ‼︎)
「――まぁ、おじ様が学者さんなんですの⁉︎」
ビアンカは本心から目を輝かせ、隣に座っていた少女にたずねかえす。
「ええ。 この間はクレルバス湿地帯に調査に行ってらしたのよ」
「クエルバス……! 羨ましいですわ」
「あら、民俗学的にも“憧れの土地”だったりしますの?」
他の少女に話しかけられ、ビアンカはコクコクと大きく頷く。
「ええ! あの辺りには大小様々な民族が独自の文化を築いていましたのよ」
「……やっぱり研究学科にまで進まれようとする方は、どこか似ているものですのねぇ……?」
「ふふ、どこかで通じ合う部分があるのかもしれませんわね?」
ビアンカは思いがけずも楽しい会話が出来たことに満足しながら、ふふふっと笑ってその会話を終了させた。
勉強会とい名目だが、その中身はお茶会だ。
一人が長く喋り続け、他の者たちが置き去りになるような会話を長く続けるのはマナー違反になる。
「クレルバス湿地帯まで行くんでしたら、アグスティン国まで足を伸ばしたいですわ?」
ビアンカたちの会話の終了を感じ取った一人の少女が次の話題を提供する。
「お買い物ね⁉︎ あの国はシルクの織物が有名ですもの!」
「ふふっ当たりよ!」
(……なんだかんだ、皆こっちのことなんて全く気にせず、めっちゃ楽しそうじゃん……?)
「――リアーヌちゃんと聞いてまして⁉︎」
「ちゃんと聞いてますー。 きゃーフィリップ様、格好良いー!」
リアーヌは少々投げやりな態度をとりながら、棒読みで黄色い声を上げた。
「――だめ」
短くポソリと答えるレジアンナ。
その顔は辛そう歪んでいて、どこかリアーヌを責めているようにも見えた。
「……レジアンナ?」
気に触るようなことを言ってしまっただろうかと焦るリアーヌに、レジアンナは、ぷぅっと頬を膨らませて文句を言い始める。
「――ダメよダメ! リアーヌはフィリップ様を好きになってはいけないわ⁉︎」
「全然好きじゃありませんけど⁉︎」
突然言われた特大の言いがかりに、リアーヌはレジアンナの婚約者が誰なのかも忘れて、勢いのままに答える。
「……それもなんだかイヤよ」
「――……それは、そう」
顔を歪めて悲しそうに訴えるレジアンナに、リアーヌも言い過ぎたな……とすぐさま反省する。
「――良いわ、許してあげる。 だから今度はちゃんと私の話を聞いていてね⁉︎」
「ちゃんと聞いてたってばー……――七回目が始まった、だと……⁉︎」
「黙って聞くの!」
「ふぁーい……」
リアーヌの人生初の勉強会は、そんな会話のループで無事……ーー大した問題もなく無難に終了したのだった――
◇
ボスハウト家、寝支度を整えたリアーヌは自室のベッドに寝転びながら、大きなため息をつく。
(……きっとね? 私の発言が原因であの二人ってあの状況になったわけだから、そんな私が文句言うのってちょっと間違ってると思うんだけどさ……それでもさ……⁇)
「――ちょっとは周りの迷惑考えろ! このバカップルーッ‼︎」
リアーヌが苛立ち混じりにそう叫んでほんの数分後のことだった。
「……お気持ちは重々お察しいたしますが、もう夜も遅うございますゆえ……」
苦笑混じりのヴァルムが苦言を呈しにやって来ていた。
「はい……すみません……」
ベッドに寝転んだまま、少し首をあげながらリアーヌは謝る。
「……多少ご気分は良くなられましたか?」
家に帰ってきたリアーヌが盛大にグチッたため、勉強会でなにが起こったのか理解していたヴァルムは、リアーヌを気づかうようにたずねた。
「――結構」
どことなくスッキリした表情を浮かべるリアーヌの様子に、ヴァルムは困ったように微笑みながら、深々と頭を下げ「それでは、お休みなさいませ」と静かに告げると、ゆっくりとドアを閉める。
(――びっくりさせちゃって申し訳なかったけど……――でもスッキリした。 大声がストレス発散なるってのは本当だったんだ……)
閉まったドアを見つめ、リアーヌはそんなことを考える。
そして大きく伸びをしてからモゾモゾと動き、眠るのにちょうど良いポジションを見つけると、大きく息をつきながらゆっくりとその瞳を閉じたのだった――




