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「あら、二人だけで内緒話なんて良くないわ? 私も仲間に入れて!」
ぷうっと頬を膨らませ、ズイッと身体を前のめりにしながらレジアンナが要求する。
えっと……と言い淀むリアーヌの太ももをビアンカがペチリと軽く叩いて、さっさと答えろと圧をかける。
それに押されるようにリアーヌはしどろもどろになりながらレジアンナに言葉を紡いでいく。
「えっと、さすがにそれは……って思ったり、今のは大目に見られないなぁーって感じたら、その時すぐに言ってほしいなって……――すぐさま謝るから」
「ふふふっ ええ、よろしくってよ? ……でも困ったわ?」
「……言いにくい?」
「――他の方にいきなり呼び捨てにされたら気分が悪くなる気がするの。 リアーヌの時はとっても嬉しかったけど……――不思議ねっ⁉︎」
頬を染めながら楽しそうに伝えてくるレジアンナに反比例するように、その周囲の者たちは頬を盛大に引きつらせる。
そして、そのほとんどの者たちが自分だけは決して気やすい態度などは取るまいと心に誓ったのだった。
「……すでに手遅れなんだねぇー?」
「ふふっそうね⁉︎ どうしましょう⁇」
レジアンナは初めて自分で作った“友達”という存在に思いのほか興奮していて、その全ての会話を瞳をキラキラと輝かせながら楽しんでいた。
――レジアンナにとって……――数多くのご令嬢たちにとって、友人とは、親が引き合わせるものだった。
その爵位が高ければ高くなるほど、親が選別した者以外と友人関係になることは難しく――そして親の爵位などにより、決してこの子に逆らうな、この子とは喧嘩をするな、などと言い含められることは決して珍しいことではなかった。
……リアーヌとビアンカの存在を知らない頃のレジアンナであれば『こんな友人が欲しい!』などという願いは持たなかっただろう。
リアーヌとビアンカの仲の良さは特殊であり、社交界でも少しのウワサが出回るほど稀有な関係性だったからだ。
しかし知れば知るほどリアーヌとビアンカの仲の良さは特殊であり、特殊だからこそ自分には手の届かない存在だという気持ちと、そこまで特殊なのであれば自分も手にしたいという思いがレジアンナの中で交錯し始め――
それでも今まで通りの関係性であれば、レジアンナもそんな願いを口にすることは無かったのかも知れない。
リアーヌとは入学当初からトラブルがあった。 その当時のレジアンナとリアーヌは決して相容れない存在であり、決して「羨ましい」などと言えるような相手ではなかったからだ。
しかしそんな存在だったからこそ、目ざとく耳ざとく、リアーヌたちのことをよく観察していた。
そしてその内心で、言いたいことを言いたいように言い合い、お世辞も無しに笑い合うリアーヌたちの関係が羨ましくて仕方なかったのだ。
そんな2人が今自分の部屋にいる。 そして自分に歩み寄ってくれている。
――つまり……レジアンナは初めての友達に浮かれきっているのだ。
「ねぇリアーヌどうしたらいい⁉︎」
「どうしたらって……――どうしよう?」
リアーヌはビアンカ向かって首をかしげる。
「――知らないわよ……私を巻き込まないで⁉︎」
「そんな⁉︎」
その会話は、小声でひそめられていたが、周りがシン……と黙りこくり、その存在感を消していたためか、レジアンナの耳にもはっきりと届いてしまったようだった。
「そうよ一緒が良いわよ……――ねぇビアンカ?」
どこか期待するようにレジアンナはビアンカを見つめながら言った。
――ビアンカが迷ったのは、ほんの数秒だった。
その数秒のうちに笑顔を取り繕い覚悟を決めると、ニコリと美しく微笑みながら「――ええ、そうねレジアンナ」と、望まれた通りの答えを返したのだった。
「ふふふっ! やったわリアーヌ、ビアンカも呼び捨てで呼んでくれたのっ」
なんでもかんでも報告する幼子のように、レジアンナは上機嫌にはしゃぎながら言った。
「……や、やったね⁉︎」
なんと返して良いのか分からなかったリアーヌは勢いだけで笑顔を浮かべ、グッとガッツポーズを構えながら答えた。
その瞬間、ギュッと足先を踏まれ顔をしかめるリアーヌ。
(――じゃあなんで答えるのが正解だったんですか⁉︎)
そんなことを声にして聞けるわけもなく――そして、今のがビアンカの完全なる八つ当たりであったことは極秘事項扱いにされたために、リアーヌがその答えを聞く機会は、今後一切おとずれない。
困惑しながらも愛想笑いを浮かべるリアーヌと、美しい笑顔を浮かべるビアンカ、そして無邪気に笑っているレジアンナ――
その周囲には乾いた笑いを浮かべながらそれらを眺め続けている、置き去りにされた少女たち。
そんなカオスな状況で勉強会は続いていったのだった――
◇
「そしたらね⁉︎ フィリップ様がまるで君のようだ、私のスカーレット……って!」
「わぁー。 素敵ぃー……――ねぇレジアンナ、その話聞くのもう五回目なんだけど……?」
リアーヌとレジアンナは場所を変え、窓際近くに置かれたソファーに並んで座りながら、ふかふかのクッションを抱きしめながら二人きりで話をしていた。
「そうなの? でもどうしましょう、全然足らないわ⁉︎」
「まだ足りないの⁉︎」
「だってその時のフィリップ様がとっても素敵だったんですものっ! こう手を差し伸べてくれてね?」
レジアンナはそう言いながら手を中に向かって伸ばしながらうっとりとした表情を浮かべた。
「まるで物語の中の王子様みたいだったんでしょ?」
「――もう! 先に言ってはダメよっ!」
「だから五回目なんだってば⁉︎」
リアーヌ、レジアンナと呼び合い、ビアンカに接するような態度で良いと言われたリアーヌだったが、内心では取り巻きの少女たちがこの状況をどう捉えているのかを大いに気にしていた。
(……これでご機嫌になってるのレジアンナだけっぽいんだよなぁ……? ――普通に考えたら絶対に気分良くないよね……⁇)
などと考え、恐々としていたリアーヌだったのだが――




