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そんな少女たちの反応に微かに口角を上げたビアンカは、シレッとした表情を貫きながらリアーヌに話しかける。
「ねぇリアーヌ?」
「……なに?」
ビアンカはリアーヌに、いたずらっぽい顔を向けながら言葉を紡いでいく。
「借金は?」
「――敵!」
ビアンカの意図をきちんと読み取ったリアーヌは満面の笑顔で答える。
その表情からは、母親から褒めてもらうのを待っている子供と似たようなものが感じられた。
「買い物の極意とは?」
「それなりのものをより安く!」
ポカンとしている周囲を置き去りに、二人は楽しそうに会話を続ける。
「赤字は?」
「ダメ絶対!」
「――こういう方でしてよ」
ビアンカはカップに手を伸ばしながら、周りの少女たちに向けて肩をすくめた。
「あら……」
「まぁ……」
少女たちは困惑しながらも、にやにやと歪みそうになる口元を手で覆い隠しながら互いに顔を見合わせ、他の者たちの出方を伺う。
「ふっ……ふふっ、あはっ……あははっ」
そんな中、リアーヌたちの向かい側から楽しそうな――しかしご令嬢としてはあまりよろしくない笑い声が聞こえてきた。
本人は必死で堪えようとしているようだが、その努力は全くとして実っていなかった。
「――……ビアンカのせいで公爵家のご令嬢が腹抱えて笑ってらっしゃるけど……?」
「主にあなたのせいよ? 言いがかりはやめてちょうだい」
「それこそ言いがかりですけど⁉︎」
ビアンカから仕掛けてきたことだという認識のリアーヌは本気で理不尽であると抗議するが、その様子にレジアンナはさらに笑い声を大きくしたのだった。
「ふはっ あはっあははははっ」
顔を赤くしながらお腹を押さえ、隣に座る少女にもたれかかるように体を折り曲げるながら大笑いを始めたレジアンナの姿に、少女たちは周りの出方を窺いながらも、にやにやクスクスと笑い始め、最終的には口元を押さえながら楽しそうな声を上げ始めた。
(……あのさぁ? これって一見、和やかに見えるけど……完全に“私が”笑い者になってるやつですよね⁇ まぁ、この程度のならそこまで恥ずかしさも感じないけど……――多分、私たちじゃなくて私だけが笑い者になってる状況ですよね……?)
そこまで考えたリアーヌは恨めしそうにチラリと隣に座るビアンカを盗み見て――そしてギョッと目を丸めた。
(一番の元凶が涼しい顔してミルクレープ食べていらっしゃいますけれど⁉︎ 「あら美味しい」じゃないが⁉︎)
意図せず笑い者にされたと感じているリアーヌは納得がいかないのか、ジトリとした視線をビアンカに投げ投げ続けるが、それに対する答えるが返ってくることはないようだった――
「ふふふっ この会話が聞きたかったんですの」
笑いすぎたのか目に涙を浮かべながらレジアンナは言った。
その言葉にリアーヌがギョッと目を剥いた。
「えっ⁉︎ これが聞きたかったんですか⁉︎」
「そうよ? ――そして私も皆さんたちとこんな風にポンポン言い合ってみたいわって伝えるつもりでしたの」
レジアンナのその発言に少女たちの指先や肩がピクリと震えた。
和やかだった空気も少々ぴりつき出し――そんな気配を敏感に感じ取ったビアンカは、冗談と取れるほど大袈裟な仕草で肩をすくめ、リアーヌに視線を向けると大きなため息を吐きながら答えた。
「――頭が痛くなることも多くなりましてよ?」
その言葉に周りも調子を合わせ、先ほどの会話は全て冗談、ということで終わらせてしまおうと、少女たちは再びクスクスと笑いをもらす。
しかしレジアンナだけは、そんな周囲の態度に寂しそうに肩を落とすと、カップの中身を見つめながらポツリと呟いた。
「……お二人が羨ましいわ」
(ーーこれはつまり……取り巻きじゃなくて友達が欲しい、ってことなんだろうか……? ――……その願い事はちょっと他人事じゃねぇんだよなぁ……⁇)
生まれも育った環境も、なにもかもが違っているはずのレジアンナにリアーヌは少し前までの自分と弟を重ね合わせると、同調するかのようにその眉を極限まで引き下げた。
そして迷いながらも恐る恐るレジアンナに向かって口を開く。
「えっと……――どうなるかは分かりませんけど……――とりあえず形から入ってみます?」
「……形?」
「ですから……つまり――これからよろしくレジアンナ……?」
友達ゼロとか可哀想すぎる! と同情を寄せたリアーヌだったが、レジアンナと言葉を交わせば交わすほどに、ビアンカの笑顔に恐ろしさを感じ始め、先ほどまでにこやかな表情を浮かべていた少女たちは全員笑顔を消し去り、リアーヌとは間違っても目が合わせないように顔を背けていた。
(……あ。 これは私またやらかしたな……?)
「――ええっ! よろしくってよリアーヌ‼︎」
(まぁ、なんていい笑顔。 でも知ってた? 今この部屋の中で心から笑ってるのレジアンナだけになっちゃった……)
ヘラリ……と笑顔を浮かべたリアーヌは絶対にその頬が引きつらないように力を込めながら、リアーヌは心の中でこれからどうするべきか途方に暮れていた。
「――やり過ぎてたら止めてね?」
ビアンカのほうにに体を倒し、笑顔を崩さずに小声で伝えるが、帰ってきたのは大きなため息だった。
「……すでに止めたいわよ」
「あー……やっぱり?」




