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リアーヌのその発言に真っ先に反応したのは、先ほどケーキにグランツァが使われていることを指摘したレジアンナの隣に座る少女だった。
「素晴らしいですわ! やっぱりグランツァといえばレジアンナ様ですものね⁉︎ このケーキもこの愛らしさがレジアンナさまにピッタリですわっ!」
その言葉を受けながら、レジアンナはまんざらでも無さそうにニヨニヨとしつつもリアーヌに向かって眉を下げた。
「そんなに気を使わなくてもよろしかったのに……」
リアーヌが申し出た、ケーキの献上とは単に差し出す、という意味ではない。
今回の場合、これから先このミルクレープはあなたのためだけにしか作りません――という宣言に他ならなかった。
そしてそれは、これから先求められればいつでもそのケーキを作り続けます――という意味も込められていた。
だからこそ、リアーヌと友人関係になりたかったレジアンナは、そこまで気を使わないでほしいという気持ちと、こんなに気にかけてもらえて嬉しいという気持ちで胸がいっぱいだった。
そんな複雑そうなレジアンナの表情をどう思ったのか、リアーヌは慌てたように付け加えた。
「――これでレジアンナ様にこのケーキを受けってもらえたら、うちのカフェのケーキは侯爵家のお嬢様もお気に召したものなんですよ! って宣伝に使うんで、本当気にしないでください!」
「……せんでん?」
リアーヌの言葉にレジアンナはキョトンと目を丸くし、テーブルを囲んでいた少女たちは、スッとリアーヌから視線を逸らすとチラチラとレジアンナの反応を伺い始める。
(――あるぇ……? 私ってば、取り巻きズが確認を取る程、微妙な発言をしてしまったんですか……⁇ 母さんたちはこれでうまくいくって、太鼓判を押してくれた作戦だったんだけどな……)
リアーヌが隣に座るビアンカに助けを求めようとした時だった。
クスクスという笑い声がレジアンナの口から漏れ、そのすぐ後に「そうね、お気に入りだわ?」という楽しそうな声が続いた。
そんなレジアンナの反応に、部屋に充満していた張り詰めた空気が霧散していく。
そしてすぐにレジアンナに合わせるように、口に手を当てクスクスという笑い声を漏らし始めた。
――唯一の例外は、
「――全くあなたは……」
と、言いながら呆れたように肩をすくめたビアンカだけだった。
(だって本当にそういう話になってたんだもん! パティシエさんが苦労して作ってくれたんだから絶対献上して、宣伝に使っちゃお! ってゼクスも交えて決めてたのっ‼︎ ……まぁ、ついさっきの反応から、やらかしたんだろうなってのは分かったけど!)
「――あー……さすがは、未来のラッフィナート夫人ですわね……?」
「え、ええ! そうね⁉︎ さすがの商才ですわ!」
少女たちは口々にそう言いながら、互いに顔を見合わせ、愛想笑いでコクコクと頷き合う頷き合う。
(……これ、レジアンナが同意しとくれてなかったら地獄みたいな空気流れてたんだろうな……)
「……あんまり大っぴらにご商売のお話なんてするものじゃありませんわよ?」
ビアンカにしては珍しく、他のご令嬢たちがいるにも関わらず、だいぶ砕けたた様子で肩をすくめながらリアーヌに話しかけた。
そんなビアンカにつられるようにリアーヌはいつものように言葉を返していた。
「でも全然売れなかったら赤字待ったなしだよ?」
(赤字ってことはつまり借金ってことなんですよ⁇ 借金はダメでしょー)
「赤字……」
そんな呟きが少女たちの口から漏れ出たのをリアーヌの耳が拾った。
「あっ……――えっと、その……」
(やば……純粋培養のお嬢様がたが困惑されておる……――そうか、やっぱり商売の話とかダメなんだ……)
「――全く、相変わらず常識がないわねぇ?」
「……ごめんなさい⁇」
そう返しながら、リアーヌは内心で大きく首をかしげていた。
(……いくらなんでも今日のビアンカ、ちょっと気ぃ抜き過ぎじゃない……? 今の発言なんか、ビアンカのほうが悪く言われちゃいそうだけど……?)
リアーヌがどういうことなのか、その視線を向けてたずねてみるが、ビアンカはそれには気がつかないフリをしてさらに口を開いた。
「皆様方も、そのようにお気になさらないで? こちらの方商家に嫁ぐと決まった時から、家を繁栄させるのだと労働すら厭わない覚悟を決めていらっしゃるんですの」
その言葉でリアーヌはようやく、これがビアンカからのフォローだということに気がついた。
(――なるほど……? ビアンカさん、私の言動の一つ一つをフォローするんじゃなくて、私は商家に嫁ぐから! ってのをゴリ押す方向に舵をお切りになられたわけですね……⁇)
ビアンカの言葉に笑顔で頷きながら、リアーヌは少しだけ心をささくれ立たせる。
(これは……ビアンカが楽しようとしてるだけなんじゃ……? ――いや……私としても、そのほうが楽だな⁇)
このビアンカの言葉が、お互いにとってベストな案なのだと理解したリアーヌは、引きつりかけてた頬を叱咤して「そうなんですよー」と愛想を振りまいた。
「えっと……」
「そう、なのかしら……?」
「…………ねぇ⁇」
リアーヌたちの会話に、どう答えるべきか迷う少女たち。
二人の言い分は最もだと納得はしているのだが、だからといってここで同意してもいいものなのか判断がつかないようだった。




