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そんなフィリップの様子に楽しそうな笑みを浮かべたゼクスは、フィリップがなにか言葉を発するよりも先に身を乗り出してリアーヌに話しかけた。
「ならさ、うちとかどう⁉︎ その力が無駄になることなんてないし――給料に色もつけちゃうよ⁇」
ニコニコと笑いながら冗談めかして、しかしどこかリアーヌを試すかのように言った。
「――色、ですか?」
ゼクスの言葉にピクリと反応したリアーヌは、興味深そうに聞き返し、詳しい話を促した。
そんなリアーヌの態度にゼクスはさらに笑みを深めると、スッと右手をリアーヌの前に差し出しながら口を開く。
「――月、金三十でどう⁉︎」
そしてビシッとリアーヌに向かって三本の指を突き出した。
その言葉に大きく目を見開き「さっ⁉︎」と驚愕の声を上げるリアーヌ。
そんなリアーヌの反応に、ゼクスは突き出した手を戻しながらククッと喉を鳴らしながらさらに畳み掛ける。
「ボーナスも付けるし、たくさん頑張ってくれたら昇給も考える!」
ゼクスの言葉に、ぱあぁーっと瞳を輝かせたリアーヌは、どこか期待するような表情でさらに質問を重ねた。
「――勤務時間とかは……?」
「基本9時5時で土日祝日お休みでどうよ」
「勤務地は⁉︎」
「もちろんこの王都!」
「当然、有休とかも……?」
「あはっ いいねー。 そういうガツガツくる感じ! じゃあ年始年末、サマーホリデーの他にドーンと30日‼︎」
「お願いしますっ!」
会話の途中からズイズイとゼクスのほうに体を身を乗り出していたリアーヌだったが、最後には他の席で素知らぬ顔をしているビアンカとフィリップに見守られながら、ゼクスと熱い握手を交わしあっていた。
「……――悪い選択ではないんじゃない? ……はしたないけれど」
「――すみません……」
ビアンカの言葉に、肩を震わせたリアーヌはそっと手を離すと、静かに椅子に座り直した。
「――でも月30だよ⁉︎」
しかし興奮が冷めやらないのか、声をひそめてビアンカに語りかける。
「おだまり」
「……はぁーい」
ビアンカの短く冷たい叱咤に口を尖らせ、それを見咎めたビアンカにジロリと睨まれると、隠すようにキュッと唇を引き結んだ。
「――ラッフィナートを選びますか……」
「そういう事になったみたいですねぇー……ま、先に声かけたのはこちらですし――当然、ですかね?」
「――どの口で……」
ゼクスのその言葉にフィリップの顔が初めて歪んだ。
しかしすぐさま、いつものにこやかな微笑みを貼り付けるとリアーヌに向かって口を開いた。
「――幸い卒業までには時間もあります。 考えが変わりましたらいつでもご相談ください――力になりますよ」
フィリップはそういうと、ビアンカに軽く会釈をしてから去っていった。
リアーヌはスタスタと歩いていくフィリップの背中を見つめ首を傾げると、確認するようにビアンカに声をかける。
「――あれは怒ってないよね? 私ちゃんとお断りしたもんね?」
「……ちゃんと出来ていたかどうかは諸説あるとして――怒らせてはいないわよ……あなたは」
ビアンカは軽く息をつきながらそう言って、意味ありげな視線をゼクスに送った。
「ハハハ、うちはもうやりあってますからねぇ? 今更気になんてしません。 ……うちの店それなりに大きいんで?」
そんなビアンカの視線をものともせず、ゼクスはそう言いながら紅茶のカップを口に運んだ。
「……でしょうね」
肩をすくめながら短く答えたビアンカに、ゼクスは見せつけるようにニコリと笑うと、楽しそうに口を開いた。
「――あっ、俺これからも写本してもらうつもりなんだけど……――良かったら君もやる?」
ゼクスの申し出にビアンカの体がピクリと小さく反応する。
そして少しの間を開けて、美しく微笑んだビアンカはゼクスに向かい「嬉しいですわ」と口元に手を当て「――お話しする程度でよろしいのかしら?」と首を傾げた。
「……ま、その辺りは臨機応変で」
その言葉に嬉しそうにニンマリと笑ったゼクスはヒョイっと肩をすくめて見せた。
今の会話を分かりやすく言い換えるならば「貴重な本というワイロを渡す代わりに自分の味方にならないか?」というゼクスと問いかけに対しビアンカが「情報提供程度ならば……」と答え「その辺は臨機応変に……」と、返した形になる。
当然、この場ではリアーヌだけが理解していなかった。
「――あ、リアーヌ嬢には明日ちゃんと礼金支払うからね!」
「えっお金くれるんですか⁉︎」
「もっちろーん。 俺こう見えて太っ腹だもーん」
冗談めかした仕草でペシペシと自分の腹を叩きつつゼクスは答えた。
そんなゼクスにリアーヌは顔を輝かせながら口を開く。
「すてきっ!」
そんなリアーヌの態度にビアンカはため息をついて首を横に振り、ゼクスは微妙な笑顔を貼り付ける。 そして――
「うん。 俺なんとなく君の扱い方、分かっててきたわー……」
と、ひっそり呟いたのだった――




