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「……おや、口の軽いやつをザーム様に近付けるんですか?」
冗談めかした口調で言いながらも、探るようにオリバーを見つめているゼクス。
「――あいつにはまだ専属がいないんですよ」
軽く息をつきながら、肩をすくめるオリバー。
「専属……?」
話の流れについていけず、首を傾げるリアーヌを置き去りに、ゼクスとオリバーは顔をしかめ合う。
「それは……」
「実力はずば抜けていますが、貴族と言ってもどこの後ろ盾もない男爵家です……なんなら平民でも商家のほうが利を配れてしまう」
「そう、思います……」
難しい顔をして話し合っている二人に少々気後れしつつも、リアーヌはおずおずと手を上げながら疑問を投げかけた。
「あのぅ……専属ってなんですか?」
「――ああ、騎士科の生徒の伝統というか……――治癒や回復持ちの生徒を囲って、優先的に直してもらうんですよ。 その相手の通称が専属です」
リアーヌの質問に、オリバーが素早く答える。
「囲う……?」
「条件を提示して、お互いに納得がいけば契約成立で専属となります。 条件は金銭であったり、人脈であったり――形は様々ですね。 ……騎士科の生徒にとって一番恐ろしいことはケガをすることですから」
「……――え、保健室がありますよね?」
(ついさっきもミヒャエリス先生が目の前で治療してたじゃん……?)
「それはそうなんですが……」
困ったように頭をかくオリバーの言葉をゼクスが引き継ぐ。
「どんなケガでも病気でも、治療までの時間が少ない方が治りが早いって言われてるだろ? それって、仕組みが説明できないだけで実際にそうだとも言われてる。 さっきの彼だって、リアーヌが何度も回復をかけたから、治癒を受けて直ぐに治ったってだけで、本来なら数日はダメージが残ったはずなんだよ」
「……でもミヒャエリス先生、回復も治癒も出来ますよね……?」
(だったら、ちょちょいのちょいじゃない?)
「命に関わる、重大な後遺症が残る、目立つ場所に大きな傷が残ってしまう――なんて場合でも無い限り、養護教諭はそこまで手を尽くしてはくれないよ」
「――えっ?」
困ったように眉を下げたゼクスの言葉に、リアーヌはポカン……と口を半開きにしてゼクスの顔を見つめ返した。
心の中では(……えっ? じゃあ主人公は⁇ 紙で切っちゃった指先にすら治癒魔法とかかけてもらってましたけど⁉︎)と、大変に動揺していた。
「――この学園には多くの王族や貴族階級の者たちが通ってるだろ?」
「はい……」
「いざという時――例えば大きな災害や事故、事件に巻き込まれた時なんかだけど……そんないざって時に、生徒のケガを丁寧に治しすぎて力が使えない――じゃ話にならないだろ?」
「……それは、そうですね?」
(……それはそうなんだけど、でもそしたらあのミヒャエリス先生ルートはどうなっちゃうの……? いじめられて傷ついた主人公をからかいながらも元気づけてあげて、ちょっとの擦り傷なんかもめざとく見つけては治癒かけて? 泣いてる主人公の目が赤くなっちゃったから……とか言って治癒かけたことすらありましたよね⁉︎ ――えっ、なのにケガしてる騎士科の生徒に対しては「力は取っとかなきゃいけないからのこれでゴメンねぇ?」って適当に治療するんですか⁉︎ ……――あなたは、あなただけは違うって信じてたのに……――結局、主人公が可愛かったから助けただけの下心満載男じゃん⁉︎)
「だから騎士科の生徒たちは専属を囲うんです」
「……あ、そうなんですねー?」
自分でも驚くほどに、そんな話はどうでも良くなってしまっているリアーヌだったが、自分から質問したことだと思い直し、表情を取り繕うとオリバーに向き直った。
「専属ならば余程の大怪我でない限りギフトの力で一瞬です。 学園に勤めているわけでもないから治療を渋られる心配も無い」
(エドガーがストロベリーブロンドの美少女だったらワンチャンありましたけどねー……)
「――騎士科の生徒にとって、トーナメント戦は大きな意味合いを持ちますものね……」
大きく頷きながら相槌を打ったビアンカの言葉にリアーヌは素直に目を丸くした。
「そうなの?」
「ええ。 クラス関係なく一学年全員が組み込まれるトーナメント戦で、その順位がそのまま来年のクラス分けになると言われていますわ」
「――めっちゃ重要じゃん……」
(……あれ? 待って⁇ トーナメント戦でクラス落ち……?)
ビアンカの説明に大きく頷きながらオリバーが説明を引き取る。
「騎士科は特に結果を求められる学科なので、どれだけ評判が良くても結果が残せないのであれば就職にも響きます――結果も残せずコネもないなら……絶望的ですね」
「だからあの娘はあんなに……」
オリバーの言葉にようやく合点がいったのか、ゼクスは納得したように頷いた。
「それなんですけれど、どうもあの方を庇ってケガをしてしまったようですの」
「庇って……?」
(……つまりサンドラをエドガーが庇った……?)
呆然と呟き返したリアーヌにビアンカは大きく頷きながら話を続けた。
「しきりに、私のせいで――私がもっとしっかりしていれば――と、おしゃっていたから間違いないと思うわ?」
「――恐れながら私もそうであると愚考いたします」
頬に手を当て小首をかしげるビアンカに、オリバーは腰を折りながらその意見を肯定する。
「私が駆けつけた際も、私を庇って落ちた――わたしの代わりに階段から――と、訴えていらっしゃいましたので」
オリバーの言葉に、ビアンカは納得したように大きく頷いた。
――この部屋の中で、この状況に納得できていないのはリアーヌただ一人だった……




