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(……あるぇ……? 私ってば、もしかしてこの人知ってるんじゃなーい……?)
真っ赤な髪に明るいブラウンの瞳、騎士科の生徒らしくがっしりとした体格で、背も高かった。
そして吊り目が特徴的なワイルド系の端整な顔立ち――
リアーヌがその事実に軽く頬を引きつらせていると、ドアをノックする音が聞こえ扉の外で待っていたラッフィナート家の護衛の声が聞こえてきた。
「ゼクス様、養護教諭が到着しました」
「入ってもらってー!」
ゼクスがそう外に向かって声を張った瞬間、ガラリという音ともに女生徒が部屋の中に飛び込んできた。
「エドガーっ!」
そう叫びながら男子生徒に駆け寄っていく。
(あ……決定だわ。 ――エドガー・レッチェ……別名、攻略対象者――)
「おやおや……落ち着きなさい。 君までケガをするよ?」
「ミヒャ……⁉︎」
女生徒に続いて、おっとりとそう言いながら入室してきた人物に、リアーヌの口からは悲鳴のような声が漏れ出た。
その人物はこの学園の養護教諭の一人であるコンラート・ミヒャエリス。
銀色の髪に薄いブルーの瞳、色素の薄いその肌を、紅をさしたような赤い唇と目元の泣きぼくろが彩っていた――
(入学してからすれ違うことすらできずに、遠目で眺めることしか出来なかった、私の最推しーっ! 自分でも引くぐらいの健康優良児なもんだから、救護室に近づけもせず……! 会いに行く機会なんか皆無だったのにこんなところでっ! ――本当、生徒にだって色々あるんだから、仮病使っても、速攻で家に連絡行くシステムやめてほしい。 ――うちのヴァルムさんに仮病が通じるわけないだろっ! ……――やっぱり人助けってしておくもんだなぁ……きっと徳を積んだからエンカウントイベが発動したんだ……! どこの世界でも徳を積めばオタクは救われる――)
リアーヌが熱のこもった視線をコンラートに向け続けていると、ドアのほうから申し訳なさそうなビアンカの声が聞こえてきた。
「申し訳ありませんわ……ずいぶん落ち着いているように見えましたの……」
そう肩を落とすビアンカにリアーヌはようやく事態を把握し、同情的な視線をビアンカに向けると、「しょうがないよ」と伝えるように肩をすくめて見せた。
「先生早く治してあげてください! エドガーもうすぐ試験なのっ‼︎」
「おい、落ち着けって……――今はそこまで痛くねぇから……」
「でもっ!」
(……この子的にはこの部屋の中で回復のギフトを受けてるって分かってなかったと思うし、しかもなんの説明も無く部屋から出されてるし……――そんな状況下で養護教諭とか見たらまた感情がうまくコントロールできなくなるよ……――オタクはミヒャエリス先生のご尊顔だけで挙動がおかしくなるもんだし。 誤差みたいなもん。 はー……顔がいい――これもう少し近づいたら匂いとか嗅げちゃう……いや、やめよう。 私は蔑まれても喜べないタイプのオタクだから……)
「はいはい、お喋りはそこまでにして場所を開けてもらえるかな? ……それとも君たちのお喋りが終わるまで待っていたほうがいいかい⁇」
腰に手を当て、ため息を吐きながら呆れたように言うコンラートに、女生徒は謝ることすら忘れて、急いでその場所から立ち退いた。
線が細く、笑顔の似合う柔和な顔立ちから紡ぎ出された毒まみれの言葉に、その人物にほとんど面識のないゼクスやビアンカの頬がピクリと引きつる。
多少の知識はあったエドガーやオリバーですら、慣れないなぁ……と言うように苦笑を漏らす中、リアーヌだけは(可愛い顔して毒吐きマン! それでこそミリャエリス先生ですっ! ――きっと頭の中ではもっとひっどい罵詈雑言を浴びせてるんだろうなぁ……)と、考えながらウットリとした表情で身悶えていたが。
「ええと……――うん、応急処置は完璧だねぇ……? ――はい完了」
「あ、あの……治ったってことですか……?」
コンラートの言葉に、女生徒が反応する。
部屋の隅まで移動して、おずおずとかけられたその様子にコンラートは思わずクスリ……と笑いを漏らすと小さく頷きながら口を開いた。
「もう大丈夫だよ。 ――ああ、そういえば三日後にトーナメント戦だったね? だったら大事をとって明日一日安静にしておきなさい。 万が一にも違和感があったら保健室まで来ると良い」
「はい。 ありがとうございました」
「処置が完璧だった結果だね」
「良かった……」
コンラートたちの会話を聞いていた女生徒は、安心からか両手で顔を覆い、大きく前屈みになる。
それは、脱力しただけのようにも、コンラートに向かい大きく頭を下げたようにも見えた。
「サンドラ……」
エドガーの呟きのような小さな声をリアーヌの耳が拾い上げる。
(――だろうなぁ……とは思ってたけど、やっぱりあの子がサンドラですよねぇー?)
エドガールートでの悪役令嬢となるサンドラ・ベッカー。
少し癖のある赤っぽい焦茶色の髪に水色の瞳、釣り上がった瞳が勝気そうに見える少女だった。
エドガーの父親とサンドラと父親が共に騎士上がりの男爵ということで、幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしている、筋金入りの幼馴染同士。
その婚約も二人が生まれる前に父親同士が、
「同じ年に子供が生まれるなんてな!」
「どこまで縁があるんだろうなぁ?」
「――俺たちのようにいいライバル同士になってくれるだろうか?」
「……なってくれたらいいなぁ……――どちらかが女だったらどうする?」
「そしたら結婚だろー⁉︎」
と、酒の席で交わした冗談のような会話を元に結ばれたものだった。
「心配かけて悪かったよ……」
「なっ⁉︎ わ、私はただ……――私を庇ったせいでチャンスが不意になったとか言われたくなかっただけで……」
「言わねぇよ、そんなこと……」
「――どうだかっ!」
「大体、もう大丈夫だって言われたとこだろ」
「それは……そうだけど……」
目の前で繰り広げられる甘酸っぱい会話を見聞きしていた者たちが、苦笑を浮かべながら肩をすくめ合う。