18
ニコニコと笑顔を浮かべるビアンカがリアーヌの足をグリグリと踏み躙りながら、そっと唇を動かす。
『て・じゅ・ん』
(――手順……?)
「――あっ⁉︎」
リアーヌはようやく自分の過ちに気がついて大きな声を上げた。
そしてフィリップに向かい座り直すと、座りながらの礼の姿勢をとりながら口を開いた。
「――大変喜ばしいお話ではございますが、私めなどでは荷が――まさ……まかり通ってしまう為、ご辞退申し上げ……いたし候……?」
リアーヌはだいぶうろ覚えな謝罪の言葉をしどろもどろになりながら紡ぐ。
フィリップは笑いを堪えモニョモニョと唇を動かし、顔を隠すように前髪をいじった。
ゼクスは興味深そうに再びニンマリとした笑顔を浮かべ始め――ビアンカはリアーヌから目を逸らさぬまま、その笑顔を深くした。
(――違うんです! わざとじゃないんです‼︎ だってこんな謝罪、人生で二回もすると思わないじゃんっ‼︎)
貴族らしい立ち振る舞いがあるように、貴族には貴族らしい言い回しや受け答えかたというものがある。
リアーヌは入学当時これを怠った――知らなかったが故に、トラブルを抱え込むハメになったのだったが……
全く同じ状況下で、全く同じ返事をしようとした全く成長しないリアーヌに、ビアンカが殺意にも似た怒りを覚えてしまうのは当然といえば当然だった。
「まぁ……その――幸い、名乗りも上げていないことだし……ね? ――私は気にしませんよ」
「……そう言っていただけると……――恐悦至極……?」
フィリップが取りなすようにリアーヌに声をかけたのに対し、当の本人はその言葉にトンチンカンな返事を返す。
その返事を聞いたビアンカは思わず額に手を当てを、ゼクスはケラケラと楽しそうに笑い声をあげながら口を開いた。
「だよねぇ? 自己紹介もされてない相手、誰だか把握しとけよとか……そんな理不尽なことか言いませんよねぇー⁇」
そしてやはり挑発的な態度で挑発的に話しかけた。
「――もちろんだとも」
フィリップはその挑発を受け流すように余裕のある微笑みを浮かべて見せた。
「リアーヌ……」
ため息と共に名前を呼んだビアンカはげっそりと疲れた様子で、気の毒そうな表情を浮かべていた。
(私がバカすぎて哀れに思われている⁉︎ さすがに知ってるもん! だってこの人攻略対象だもん‼︎)
知っている情報を勝手に知らないと断定されたリアーヌは少しムッとしながら言い返す。
「――パラディール家の方でしょ?」
リアーヌの答えにビアンカだけではなくゼクスとフィリップもギョッと目を剥いて、そっくりの表情でリアーヌを凝視した。
「呆れた……分かっていて――いえ、分かっていたから……? え、分かっていたのに……⁇」
「……知らない方がよかったなら、今からでも知らんぷりする……」
いつも冷静なビアンカが、分かりやすく動揺している様子を見て、激しい不安に襲われたリアーヌは声をひそめて内緒話をするように提案する。
そんなリアーヌにビアンカは目を細め、心底呆れたように「したからって誤魔化せるもんでもないでしょ……」と眉をひそめた。
しかしすぐさま表情を取り繕うと、軽くため息を吐きながら口を開く。
「――どういう考えであの態度になったのかは理解しがたいけど。 この場合は――正解……に限りなく近い対応だったと言えるのでしょうね……」
(――それは……決して正解にはなれない対応だったということでは……?)
ビアンカの言葉にリアーヌが内心で首を捻っていると、テーブルの上で頬杖をつき、興味深そうにリアーヌを観察していたゼクスが口を開いた。
「もしかして爵位とかに興味ない感じ? だとしたら俺たち……なんか上手くやれそうじゃない⁇」
そう言いながら蠱惑的な微笑みをリアーヌ向ける。
しかしリアーヌはゼクスの女性に対する手口をきちんと理解していたので、ヘラリ……と困ったように笑いながら答えた。
「あー……どうなんでしょうかね……?」
(コイツ……絶対にこっちが勘違いするような言葉をわざと選んでるよね⁉︎ なのに利用価値がなくなったらバッサリ切って「ソンナツモリジャ ナカッタノニナー」って呪文を使うつもりまんまんじゃん!)
「あーもう本当に……」
ゼクスと上部だけの会話を交わしていたリアーヌの目の前で、ビアンカがガックリと項垂れ、髪が乱れるのも気にせず両手でしっかりと頭を抱えていた。
(……私がやらかしてるんだろうなぁ……――心当たりすら無いけどー……)
「んー……つまり君ってば正真正銘の成り上がりちゃんってことかな?」
困ったような呆れたような仕草でゼクスが言い、リアーヌは少し考えてからコクコクと小刻みに頷きながら口を開いた。
「まぁ、そうなるんだと……成り上がったのは父ですけど」
「――君は自分の将来を一体どうしたいんだ……?」
リアーヌたちの会話を聞いていたフィリップは、不可解な生物を見ているかのような表情でたずねる。
「……将来、ですか?」
リアーヌはなぜそんな顔で見つめられているのか不思議に思いながらも、フィリップからの質問に首を傾げる。
「これからどのような人生を歩みたいと考えている?」
「どのようなって……――普通に就職して、普通に結婚して……そんな普通な人生が送りたい……です?」
「――その未来にパラディールの力は必要ない、と?」
そこまで聞いたリアーヌはある可能性にようやく気がついて大きく目を見開いた。
(これ派閥に入る入らないうんぬんの話になってない⁉︎ ――えっ、いつから⁉︎)
ギョッと目を剥いたリアーヌだったが、フィリップが自分の答えを待っていることに気づき、必死に頭を回転させる。
「――えっと……そちら様の力を貸してもらう代わりに私が差し出せるのは【コピー】の能力だけなのですが……――本当にずっと力を貸し続けていただけるものなんでしょうか……?」
(ある日突然「思ったより使えなかったなー……――今日でクビ☆」とか言い出したりしない⁉︎ そもそもコイツ、ちっちゃい頃から妹のように可愛がってきた婚約者、主人公といい感じになったからって即ポイした男だぜ⁉︎)
「む……」
リアーヌの質問に少し言い淀むフィリップ。
さすがにこのタイミングで「最後まで面倒を見る」と言い切ることは難しかった。




