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オリバーに案内されて行った先は、騎士科の建物内にある、こじんまりとした休憩室のような場所だった。
そこには男子生徒が一人、木製の長椅子に横たわり、その側には女生徒が一人床にしゃがみ込んで男子生徒に取り縋っていて、かなり取り乱している状態だった。
「ごめっ……私のせい……ごめんなさっ」
そう涙ながらに謝り続けている女生徒に近づいていったオリバーは、その背中にそっと声をかける。
「今から治療をします。 部屋の外で待っていただけますか?」
「あ……私……」
口調は優しかったオリバーだったが、少々強引に女生徒を立ち上がらせると、有無を言わせない笑顔を浮かべながらその背中を押し、男子生徒から距離を取らせる。
これにはコピーのギフト持ちであるリアーヌが、回復のギフトまで使えるという事実を出来るだけ隠しておきたいというオリバーの意志が働いていた。
「ビアンカ様、よろしくお願いいたします」
「ええ。 さぁこちらへ……」
ビアンカもオリバーの様子から、何を隠そうとしているのかすぐに察知して、笑顔で女生徒へと手を伸ばし、泣きじゃくるその背中に手を添えながら部屋の外へと誘導していく。
その姿を見たリアーヌは、特になにも考えることもなく、自然と「あ、じゃあ私も……」と言葉を発しながら二人に駆け寄り――
「――は?」
「……うん?」
そんなリアーヌの行動に目を丸めたオリバーとゼクスは、ポカンと惚けた顔をリアーヌに向けた。
「……えっ?」
そんな二人の声や、駆け寄った先にあった呆れたようなビアンカの表情に、リアーヌは戸惑いつつ首を傾げる。
そんなリアーヌに小さくため息をついたビアンカは女子生徒からは見えない角度で口の動きとその仕草だけで「早く治療なさい⁉︎」と短く伝えると、女生徒を伴ってさっさと廊下へと出ていった。
「――あ、私がするのか……」
ようやく事態を把握したリアーヌは、小さく頷きながら小走りで男子生徒の元へと戻る。
「……たまに演技なんじゃ無いかと疑っちゃうよ……」
ゼクスに呆れたような、笑いを堪えるような声色で言われ、リアーヌはギュッと顔をしかめる。
そして少し考えたのちに口を開いた。
「――時々は演技ですし。 天然な私可愛いでしょアピールですし!」
「ハハ……可愛い可愛い」
「キィ……」
軽口を叩き合っていた二人だったが、すぐに飛んできたオリバーの咳払いに、反射的に視線を逸らしゼクスは気まずそうに前髪や首を撫で付け、リアーヌは慌てたように男子生徒に駆け寄った。
男子生徒は右の膝と足首痛めているようで仰向けに寝ながら苦しそうに右の太ももに服の上から爪を立てている。
特に足首のケガは酷く、すでに変色して赤黒くパンパンに腫れあがっていた。
リアーヌの回復ギフトの精度はまだまだで、完全に回復させるには何回も力を使わなくてはいけなかった。
力を使いながらリアーヌは、ふとゼクスやオリバーに言われていたことを思い出していた。
(そう言えば、私がギフトをコピー出来るって話、学園の生徒や関係者には絶対バレないように気をつけろって散々言われてたはずなんだけど……――ここでコッソリ使ってるんだから、別にそこまでじゃないのかな……?)
膝の回復を終わらせ、ちょこちょこ見えていた手のひらや腕の擦り傷を回復させつつ、男子生徒を伺うようにその顔を見つめた。
ケガをした箇所は回復済だったが、ケガはまだしている状態なので男子生徒の表情は、まだ痛みを堪えるように歪んではいた。
(――……これは人助けだから特別扱いってことなのかなぁ……?)
リアーヌは内心で首を傾げつつも、淡々と回復のギフトをかけてゆく。
治癒では無いために痛めた箇所を治すことは不可能だったが、それによって受けた体のダメージを回復させたことで男子生徒が感じていた痛みは少なくなったようで、うめき声が止み男子生徒はゆるゆると頭を上げ周りを見渡し、自分の状況を探り始めた。
「――痛みは引いたか?」
「あ……だいぶ……」
ずいぶんと穏やかな表情になった男子生徒だったが、それでもまだどこかケガのダメージが残っているのか、少しぼんやりとした様子でオリバーの問いかけに答える。
「――お嬢様もう平気です」
「……少し経つとちょっと腫れてきちゃうんだよ?」
「この程度でしたら救護教諭のギフトでどうとでもなりますから……」
「なるほど……?」
オリバーの言葉にどこか納得出来ないような表情を浮かべたリアーヌだったが(……そもそも私が出来るのはあくまでも回復であって治癒じゃないしな……)と思い、頷きながら立ち上がると、スカートの埃をパパッと払った。
男子生徒はそんなリアーヌに礼を言おうと身体を動かそうとして、オリバーに止められていた。
「動くな。 近くにいたやつに救護教諭を呼ぶようには言ってあるから、ここで大人しく待っとけ……今痛みが無くても、ケガ自体は治ってねぇんだ、ぜってぇ動くなよ?」
「――ありがとうございます」
「……お前、そんな殊勝なツラも出来たんだな?」
ケラケラと笑いながらからかうように言ったオリバーに、リアーヌは心の中で(あ、やっぱり知り合いだったんだ)と納得していた。
「だが、礼を言うのは俺じゃ無くてうちのお嬢様にだし……――恩を感じるって言うなら、来年入学するうちの坊ちゃんよろしく頼むぜぇ?」
「……うっす」
(――あー、そう言う知り合い……この人、ザームのお友達候補――……もうちょっと念入りに回復しとけば良かった? 初めてのお友達になるかもだし⁇)
リアーヌは迷うようにもう一度手を伸ばして回復をかけようとするが、そうする前に男子生徒がゆっくり首を動かして感謝の言葉を口にした。
「――あの、助かりました。 ありがとうございました」
そう言ってリアーヌに向かって寝ながらも頭を下げようとする男子生徒に再びオリバーが「だから動くなって……」と呆れた声を上げる。
そんなやりとりに苦笑いを浮かべながらリアーヌは男子生徒を気づかうように声をかけた。
「いえいえお気になさらず、安静になさってくださいね?」
弟の友人になるもしれないと分かったこともあってか、リアーヌはその男子生徒に精一杯の愛想笑いを浮かべながら答え――そして、気がついた。