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(大体、二年になったら私にもメイドや護衛付けるって話だけど……――必要ですかねぇ? こんなに人気のない道をご令嬢二人で歩けちゃうぐらいには安全ですよ、この学園⁇ ……――来年入学してくる主人公は結構危険な目に合うけどー。 攫われちゃったり、暴漢に襲われたり……――あ、そもそも婚約破棄を達成させるために、必ず悪役令嬢に殺されかけるんだったわ……。 あー、だから主人公は伯爵家の養女になったのに、侍女も護衛も付けてもらえなかったんだ……なんてご都合主義)
「きゃあぁぁぁっ! だれかぁぁぁっ‼︎」
(そうそう、ちょうどこんな感じで暴漢に――……)
「……えっ⁉︎」
「騎士科のほうから聞こえましたわね……?」
不安そうに身を寄せ合いながら、声のしたほう――生垣の向こうに目を凝らす二人。
そんな二人に駆け寄る人物が数人現れた。
その足音に気がついた二人は、先ほどの悲鳴のこともあり、ギョッと目を見開きながら近づいてくる人物たちを見つめ――そして、それが誰なのかを理解するとホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「お嬢様、ビアンカ様、ご無事でいらっしゃいますか?」
「オリバーさん……」
「――驚いただけで……先ほどの声も私たちではございませんわ」
「なるほど……――様子を見て参ります。 お預けしても?」
オリバーはそう言いながら一緒に走ってきたゼクスに向かって声をかけた。
「任せてください」
そう答えたゼクスに小さく頷くと、オリバーはその場で小さく身をかがめ――次の瞬間にはザッ! という音と共に姿がかき消えていた。
(――……消えましたけど⁉︎ えっ……今のってジャンプだったような……? いやでも、ジャンプだったとしたらオリバーさんはどこに行ったのよ……⁇)
混乱して辺りを見回すリアーヌだったが、オリバーがジャンプをしたのは事実だった。
その高い身体能力でジャンプをしたオリバーは、いとも簡単に高い生垣を飛び越え騎士科の敷地内と向かって行った。
「ビックリしたよー……ちょうど来るのが遅いねって話をオリバーさんとしてたところだったからさぁ――本当に大丈夫なんだよね?」
ゼクスはいまだに惚けているリアーヌの顔を心配そうに覗き込みながらたずねる。
「えっ……あ、はい! あの……オリバーさんが消えたからビックリしちゃって……」
「ああ……すごいよねあの人、この生垣をひとっ飛びだよ」
「ひとっ飛び……」
ゼクスの言葉にようやくオリバーがこの生垣の向こうに飛んでいったのだと理解したリアーヌはポカン……と口を開けてその生垣を上から下までじっくりと眺め回す。
そんなリアーヌの様子に、ゼクスやビアンカだけではなく、ゼクスを迎えにきていたラッフィナートの護衛たちも少し離れたところからクスリと笑いを漏らすのだった。
「一体なにがあったのかしらね?」
「……女の子の声だったよね⁇」
「そう聞こえだけれど……」
「ケガ……とかなのかなぁ?」
リアーヌは先ほどの悲鳴を思い返しながら、少々違和感を感じつつも予想を口にしていた。
(……――本当に階段から落ちたー、とかだったらどうしよう……――あのタイミングで落ちちゃったらなんかちょっと責任感じちゃうじゃん……――いや、私はなにもしてないんだけどさぁ……)
リアーヌたちがどこか不安そうな面持ちでオリバーの帰りを待っていると、馬車乗り場の方からこちらに向かって走ってくるオリバーの姿が見え始めた。
「帰りはジャンプじゃないんだ……」
そんなオリバーに気がついたリアーヌがポソリと呟いた。
その言葉にクスリと笑みを漏らしたゼクスは、からかうような口調で言った。
「……万が一にもリアーヌの上に落ちるわけにいかないだろ? それにオリバーさんはまだ護衛として校内をうろつけない人だからね、そんな人が一日に何回も生垣を飛び越えてたら、さすがに警備部が黙って無いよ」
「――確かに?」
警備部とは、国から学園へ派遣されている騎士たちのことで、学園を守る実力に加え、学園に出入りできるほどには身元がしっかりしていなければならない、と超の付くエリート集団でもあった。
「――ああ、騎士科からも馬車でお帰りになるかたはいらっしゃるのだから、道が繋がっていてもおかしくはありませんのね?」
「こちらからだと校舎への入り口を通り越すことになるので、知らない方も多いんですよ」
ビアンカとゼクスの会話を聞きて、リアーヌはようやくオリバーが正規の道を使って戻ったのだということを理解した。
「――お嬢様、お力を貸していただけますか?」
そう言いながらリアーヌに駆け寄るオリバー。
「わ、私でよければ?」
咄嗟にそう言い返したリアーヌに頷いたオリバーは今度はゼクスに向かって「許可していただけますね?」と短くたずねる。
「――リアーヌが良いのであれば?」
ゼクスが肩をすくめながら了承の意を示すと、オリバーは踵を返しながらリアーヌを騎士科のほうへと誘導し始め――ふとビアンカに視線を止めると、少し言いにくそうに話を切り出した。
「――実は同行していた女生徒がかなり動揺していまして……」
オリバーはそこで言葉を切ると、伺うような視線でビアンカを見つめた。
「――分かりましたわ。 お側に付いていることしか出来ませんが……」
「ありがとうございます」
そう言いながら頭を下げたオリバーは、今度こそリアーヌたちを騎士科へと案内するように歩き始めた。
早足でその背中を追いながら、リアーヌは(……人助けは良いことだと思うけど……――なんか反応が普通じゃないような……? オリバーさんの知り合いがケガしたのかなぁ?)と、心の中で首を傾げるのだった。




