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しかし、ふむふむと頷きながら話を聞いていたリアーヌと目が合うと、急に愛想笑いを浮かべ言い訳を並べるように言葉を重ね始めた。
「――その……ボスハウト家に思うところは無いんだ。 ただ、私には合わなかったというだけの話で……」
そんなフィリップの態度を不審に思ったリアーヌは首をかしげる。
(――待って? 列に並んで買う食べ物で、食べさせて欲しい……? んで、ボスハウトに思うところは無いって……)
「……もしかして花園の鐘の丘ですか?」
「……――まぁ、そんなような……?」
リアーヌの質問に、フィリップは視線を逸らしながら、答えづらそうに言葉を濁した。
(――喧嘩したの花園なんですかぁ……? やめてよぉ……こっちは家族総出で、国でも名の知れた恋愛スポットに出来るかな⁉︎ って頑張ってる真っ最中なのにっ⁉︎ その花園で国でも一二を争う大貴族たちが痴話喧嘩おっ始めるとか営業妨害以外の何者でも無いんですけどー⁉︎ しかも、あーん用のプチシューを“庶民のような”って……この様子だと拒否しててもおかしくないし、やってたとしても渋々だろうなぁ……――マジで貴族の間でこいつに習う奴が出て来たらどうしてくれようかと……!)
リアーヌは自分でも自覚していないままに、ギロリとフィリップを睨みつけていた。
すぐさまビアンカの咳払いが飛んだことでリアーヌが条件反射で口角を引き上げたことや、フィリップがリアーヌから視線を逸らしていたことで、その事実にフィリップが気がつくことはないようだった。
(……あれ待って? ってことは……⁇ レジアンナがせっかく、自分も婚約者と花園に行ってアーンとかしてみたい! って思ってくれてたのに、実際は「君がやりたいなら行ってあげてもいいけど……?」な上から目線なエスコートされて、アーンすることまでグダグダ文句つけられたってこと……⁇ なにそれ……)
「――最悪だ……」
リアーヌはスーッと小さな音を立てながら息を吐き出しながら、頭痛を抑えるかのように頭を抱えた。
頭を抑える手の影になりフィリップからは見えにくくなっているが、その手の奥からはハッキリとフィリップを睨みつけていた。
「……リアーヌ?」
隣にいたゼクスからはハッキリと見えてしまい、マズいと思ったゼクスが小声でリアーヌを制止するように名前を呼んだ。
が――リアーをヌがそれに反応する前に、どこか嬉しげなフィリップがリアーヌの言葉に反応した。
「やはり女性から見ても、そう感じるものかい⁉︎」
嬉しさを隠しきれないフィリップの態度を見たリアーヌは耳の奥の方でプツリとなにかが切れるような音を聞いたような気がした――
「――なに言ってんです? 最悪なのはアンタなんですけど⁇」
リアーヌが一際低い声で言い放った瞬間、再びサロン内の空気が凍りついた。
すかさずビアンカやゼクスがリアーヌを止めようと足や手を動かそうとしたが、それよりも前に怒りの収まらないリアーヌはグッと前のめりになり勢いよく口を開いた。
「本当何してくれてんの? せっかく家族で意見出し合って、恋愛スポットとして有名になってくれたら来場者が沢山きてくれて、運営予算減らされなくて済むね! って盛り上がってたのに、うちの花園で超有名貴族が婚約者と痴話喧嘩? うちになんか恨みでもあるわけ⁉︎」
ベシンッとテーブルを叩きながらフィリップに抗議するリアーヌの肩を抱くように身体を押さえつけたゼクスは、前のめりになっているリアーヌをグイッと後ろに引きながら、引きつる顔に笑顔を貼り付けるとリアーヌの致命的な失言のフォローを始める。
「――つまり、今の発言はボスハウト家が管理している花園という意味であり、決して私物化しているわけでは……」
「今そういう揚げ足取られるの、すごいイヤです」
ゼクスとしては婚約者の失言を無かったことにしようとする善意からの言葉だったが、庇われたはずのリアーヌはその鋭い視線をゼクスに向けて、冷ややかに言い放つ。
そんなリアーヌの態度に頬を引きつらせるゼクスだったが、チラリとフィリップたちの様子を確認し、リアーヌの発言に対しての抗議が出ないことを確認すると、微妙な顔つきで「……ごめんよ?」と小声で謝った。
「大体、アンタの態度って紳士のエスコート的にどうなの? 向こうが言ったから連れてってやった? なのに不機嫌になったんだけどって⁇ ――そんなのその態度のせいですけどー⁉︎ エスコートの授業、もう一度やり直してきたらどうですかぁー⁇」
「――リアーヌ、ちょっと落ち着きなさいな……」
ビアンカは顔をひきつらせながら、怒りに任せて好き勝手喋っているリアーヌの袖を引く。
「じゃあビアンカは嬉しいの⁉︎ 婚約者に、連れて行ってあげたけど? 付き合ってやってるのに⁇ みたいなエスコートされて⁉︎」
「そ、れは……その……」
その勢いの良さと、その発言の内容に、ビアンカは珍しく口ごもりリアーヌから視線を逸らした。
「この分じゃ、アーンだって拒否ってるよコイツ!」
「こちらのお方ね⁉︎」
ビシリッと突きつけた指先をとっさに握りしめ無かったことにしながら、ゼクスは叫ぶように言った。
しかしリアーヌは鬱陶しそうにその手を振り解くと、フィリップに向かいアゴをしゃくりながら盛大に鼻を鳴らして不愉快そうに言い直す。
「アーン拒否お方‼︎」




