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ビアンカに話しかけられたゼクスはにこやかな笑顔でそう返して紅茶のカップを掲げ、なんともフィリップに対し挑戦的な態度をとった。
ゼクスの態度にフィリップの微笑みが深くなり、二人の関係性を肌で感じ取ったビアンカは、なんとかこの重苦しい空気を変えようとリアーヌに話しかける
。
「――これで昼休憩中に終わりそうね⁉︎」
「……そだね? ――あの、ありがとうございます」
リアーヌはビアンカの発言が“フィリップに対してお礼をすべきだ”というアドバイスだと勘違いをした。
そのため大変不本意ではあったが、フィリップに対して会釈をしつつお礼を言うと、さっさと作業に戻ったのだった。
(――なんだかなぁ……――ゼクスたちがもっとイヤな奴らだったら、ずっと責め続けていられたのに。 ……攻略対象だから、いじめられてる生徒を全員助ける――とか無理ゲーだろうし。 そもそも主人公のギフトはこの国にとって特別なもので……そんな特別なギフトを持つ主人公だったからこそ気にかけてもらえたんだろうしさー)
リアーヌは作業を進めながら、漏れ出たため息を誤魔化すかのように、大きく息を吐きながら首をコキコキと左右に曲げた。
(……ただ私だってゲームやってた時は主人公だったからさ? ……イジメられた時思っちゃったよねぇ……「はっ⁉︎ もしかしてこれをきっかけに攻略対象と仲良くなれちゃうのでは⁉︎」って。 夢見すぎかもだけど、期待しちゃって……――実際はビアンカ以外の誰も私を気にかけてくれなくて…… 私、ちょっとぐらい、やさぐれたって許される説ありません⁉︎)
「――ふむ。 本当に寸分の違いもなく見事なものですね」
リアーヌの作業を興味深げに見ていたフィリップは、感心したように言う。
その言葉にリアーヌはチラリと視線を上げ、ヘラリ……と笑って会釈を返し、再び作業を再開させた。
(そりゃコピーですからねぇ……)
「ああ、不躾に失礼。 ――もしよかったら少し見学させてもらっても?」
フィリップはビアンカに向かいたずねる。
その言葉にゼクスの指先がピクリと動いたが、何かのアクションをするわけでもなく、再び紅茶のカップを手に取った。
「ええ……あの、ではこちらにどうぞ?」
フィリップの申し出に困惑しつつも、ビアンカは近くの席を進めた。
「ありがとう」
そう答えながら優雅に席に着いたフィリップはニコリと挑発的な視線をゼクスに向けた。
それを受け、ゼクスは皮肉げに微笑みフィリップに向かって口を開いた。
「――今日はお一人なんですね。 ……ご友人方がサロンでお待ちなのでは?」
「別に約束しているわけではないからねぇ?」
「そうなんですかぁー」
(――あれ? なんか、空気がピリついているような……⁇)
周りの空気の変化を敏感に感じ取ったリアーヌは、チラチラと視線を走らせて状況を掴もうとしる。
しかし、状況を理解するよりも早く、フィリップと視線が合ってしまい、少々不恰好な愛想笑いを浮かべる事になってしまった。
「……もっと華やかなギフトだったら見応えもあったんでしょうけどね?」
そしてその場しのぎの自虐を口にして再び作業に戻った――戻ろうとした。
「そんなこと! あまり見ない希少な能力じゃないか」
「実用性の高い能力なんだよねー?」
両隣から、似たような――しかし決して相容れない内容のフォローが聞こえた。
フォローを入れたフィリップとゼクスは、満面の笑みを貼り付けながら無言で見つめあっている。
(……あれれ? なんかさらに空気が重くなった気がするんですけど⁉︎)
困惑したリアーヌは、助けを求めるため目の前で作業を手伝ってくれているビアンカに縋り付くような視線を向ける。
視線の先にいたビアンカもまた満面の笑みを貼り付けてはいたが、その笑顔が「さっさと終わらせなさい?」と訴えていることだけは理解できたリアーヌは、小さくコクコクと頷くと、そこから本の文字とまっさらな紙だけを見つめて黙々と作業を進めたのだった――
「ふいぃぃぃぃ……」
最後のページをコピーし終わったリアーヌは大きく息を吐き出しながら、背もたれに倒れ込むように寄りかかる。
「――お止めなさい。 はしたない」
ビアンカの言葉に、すぐさま背筋を伸ばして座り直した。
「――なかなかに自由なお方のようで……」
フィリップは動揺したようにそう呟き、そんなフィリップに小さく鼻を鳴らしたゼクスは、ニコリと愛想よく笑ってリアーヌに話しかけた。
「急がしちゃってごめんねー? 疲れちゃったよね⁇ あっ! 帰り家の馬車で送ろうか?」
「え……いや、そこまで疲れてはいないので……」
急なゼクスの誘いに、リアーヌは困惑していることを隠そうともせず答える。
「――……そう?」
リアーヌの答えを聞き目を軽く見開いたゼクスは、スッと目を細めながら探るように首を傾げた。
「は、い……?」
疑問符を頭の周りにたくさん浮かべ、キョドキョドと視線を彷徨わせながらも小さく頷くリアーヌ。
(え、なんでそんな「ふーん……?」みたいな反応されなきゃいけないの⁉︎ そもそもうちだって迎えの馬車くらい来ますけど⁉︎ ――まさかこのレベルのイケメン、こんな些細なお誘いも断られた経験が無かったりするの⁉︎ ――あれ待って? じゃあ私ってばまさかの「おもしれー女」認定されちゃう⁉︎)
リアーヌが期待に胸を膨らませてゼクスを伺い見ると、口角だけを引き上げた、目が笑っていない笑顔を浮かべたゼクスが細く長くためいきをついているところだった――
(あ、こりゃムリだわ。 どっちかっていうと「ありえねー……無し寄りの無しっしょ……」の顔だわー)
「――……リアーヌ嬢が本当にまだ平気なのであれば、今日の放課後にでも僕のサロンに招待したいな。 ――友人たちにも紹介させていただくよ?」
フィリップがリアーヌを見つめ、しかしゼクスに聞かせるかのように、勝ち誇った顔で言った。
「あ、今そういうのお腹いっぱいなんで――いだいっ⁉︎」
フィリップの提案を聞いたリアーヌはほぼ脳死で本心を口にしてしまい、向かいの席に座っていたビアンカに思い切り足を踏まれ、強制的な沈黙を要求された。
あまりの痛さに涙を浮かべたリアーヌは避難がましい視線をビアンカに向けたが、その視線の先にあったビアンカの笑顔にキュッと唇を引き結んだ。




