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「あ、行ったんだ? どうだった⁇」
(ビアンカ、急に婚約が決まった影響で、今年の社交の予定が狂いに狂いまくって、その穴埋めのために、今年はご両親も長く領地を離れて社交頑張ってるらしいんだよねー……だから私がビアンカんちに遊びに行く予定が無しになっちゃった訳だけどー)
「これまでの花園も素晴らしかったけれど、面白い趣向が凝らされていて、私は今の花園の方が好きですわ?」
「ありがとー。 鐘は? 鳴らした⁇」
褒められて嬉しくなったリアーヌは上機嫌で前のめりになりながらも質問を重ねていく。
「ふふ、ええ。 両親とですけれどね」
「ああゆうのは楽しんだ者勝ちだよ。 誰と鳴らしたって楽しければそれが正解。 あ、鍵は?」
「それはさすがに。 でも兄夫婦はしていたわ。 プチシューも美味しくいただきましたし」
「ご両親も楽しんでくれてた?」
「もちろんよ。 父は恥ずかしそうにしていたけれどそれでも母が楽しそうにしているのを笑って見ていらしたわ?」
「わーラブラブだぁー!」
きゃーっと歓声をあげながら頬を押さえながらビアンカの話を聞くリアーヌ。
――これはリアーヌの一種の才能であった。
本人にはなんの意図もなかったのだが、感情を隠すのが苦手なリアーヌは、自分の興味のある話題になると瞳をキラキラと輝かせながら相手の話を聞く――感情をコントロールするのが当たり前のご令嬢たちの中、その態度はひどく異質であり――話をしている令嬢たちの自尊心を非常にくすぐる行為だった。
それはビアンカであってもそうであるようで、クスリと微笑みを深くするとさらに話を続ける。
「領地から付いてきた者たちも楽しそうにしていたわ。 ……私の友人が考えたアイデアなのよ、と教えたら目を丸くしていて、なんだか私まで鼻が高かったわ?」
「いやぁー……それほどではあると思ってるんだけどね⁇」
リアーヌはニヤける口元を押さえつけるように神妙な顔を作ると、大きく頷きながら答えた。
そんなリアーヌの態度に思わず吹き出してしまったビアンカは、軽く咳払いをしながらそれをごまかす。
そしてキュッと顔を引き締めると、リアーヌに向かって口を開いた。
「調子に乗らないの」
「すみません……」
リアーヌは大袈裟なほどに肩を落として謝罪の言葉を口にし、チラチラとビアンカの反応を伺う。
――このようなやりとりは、この二人にとっては日常茶飯事のことであり、ビアンカのほうも本気で注意をした訳ではない。
二人はいつものようにしばらく見つめ合うと、どちらからともなくクスクスと笑い始め、じゃれ合うように身を寄せ合い――口元を押さえながらではあったが、声を上げて楽しそうに笑い合うのだった。
そんな女性陣の楽しそうな様子に、少々置いてけぼり気味の男性陣ではあったが、楽しそうに喋る女性たちを眺めながら頬を緩めているところを見ると、ゼクスが絡んでこない限りは、この会話はこのまま和やかに進んでいくようだった。
「――けれど“愛の妙薬”だなんてよく知ってましたわね?」
「あー……プチシュー?」
(チョコかかってる、あーん用の……)
「ええ。 確か……アウセレ国で言われているんだったわよね?」
「――あー……うん、そう……?」
(――そうか……この世界でも「西の国の文化です」で大体のことがゴリ押せてしまうんだな……?)
「……――やはり女性はそういうことが好きなのだな……」
独り言のようにポソリと呟かれたフィリップのその言葉は、決して大きいものでは無かったが、リアーヌとビアンカが静かになった、その一瞬とうまく噛み合ってしまったようで、その部屋の中にいるものたちの耳にはっきりと届き――結果、全員の視線を集めることとなった。
「――チョコレートって性別関係なく、みんな好き……だよね?」
意図せず大勢の視線を集めてしまい、動揺している様子のフィリップに最初に反応を見せたのはリアーヌだった。
リアーヌには、これが単なる交流目的のお茶会では無い。 という認識がとても薄く、ビアンカとの会話が弾んでいたせいもあり、気分的にはマナーの授業の一環でやる模擬お茶会となんの違いもなかった。
だからこそ(あ、あの人困ってるわ。 助けてあげよ)となった訳だが……――この場にいた大多数の人間は(聞かせるつもりのなかった言葉のようだ。 聞かなかったことにしよう)と考えていた。
そのため、少々微妙な空気が部屋の中に鎮座することになった。
その雰囲気にリアーヌが首を傾げるのと、そんな空気を一掃するかのようにビアンカがパンッと大きな音を立てて手を叩いたのはほとんど同時だった。
「そうね、好き嫌いには年齢だって関係ないと思うわ? それに――……実際の効果など実感できなくとも、そう言われていることを意中の殿方とする――その行為を楽しんでみたいと思うのが乙女心と申しますか……そう考える女性は多いのではないかと……」
言葉の前半はリアーヌに、そして後半はフィリップに向けて発したビアンカは軽く頭を下げながら美しい微笑みを浮かべて見せた。
その心の中では(随分と可愛らしい失態ですこと……――リアーヌが聞こえたことにしてしまったことですし、ちょっとぐらい突いて許されるでしょ)と、ほくそ笑みながら……
――当人からの申告どおり、相変わらずビアンカとフィリップの相性はすこぶる良くないようだった。