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「……招待状の宛名はあなただけだから、勝手に婚約者同伴でたずねるのは多少のマナー違反ではあるけれど、でも前回があれだけ男性陣の多いお茶会だったでしょう? 派閥違いのあなたが一人で参加するのを嫌がったとしても、なんの不思議もないし――おそらく織り込み済みよ」
「でも……ご近所さんってことはフィリップ様もいるでしょ……?」
ビアンカの言葉にリアーヌは眉をひそめた。
ゼクスが一緒に参加してくれるのであれば心強いという気持ちはあったが、あの二人の相性の悪さを考えれば、その提案に素直に同意することは戸惑われた。
「――それでもよ。 ……またなにかあ企んでらっしゃるようなの。 それがなんなのかは知らされていないけれど、でも私はその場であなたを庇ってあげられないと思う――あなたがどんな失言をしてもどんな言質を取られようともね」
「……そっかぁ」
真剣な様子で自分の心配をしてくれているビアンカに、神妙な面持ちで呟くように答えたリアーヌは、ゼクスへお茶会の同行を願い出ることを心に決めたのだった。
◇
お茶会当日、パラディール家サロン――
ビアンカの話通り、当日ゼクスを伴って現れたリアーヌに、フィリップたちは笑顔を深くしただけでゼクスの同席を歓迎し、すぐさまゼクスの席を準備した。
そして、表面上は和やかな挨拶と会話でお茶会はスタートしたのだった。
「――なるほど。 ご婚約を……それはおめでたいことですね?」
「……そうですね⁇」
席につき、お茶会での形式的な挨拶もそこそこに、話題はいつの間にかボスハウト家の使用人の話になっていた。
学生たちの夏休暇が終わり、社交界も後半戦、どことなく落ち着きを取り戻し始めた頃――王城に勤めていた者たちが続々とボスハウト家に転職し始めた、というウワサが流れていた。
――そしてそれは全くの偽りでもなく、リアーヌは聞かれるがままに自分の知っていることを答えていた。
(……なんでオリバーさんとアンナさんが婚約したことにこんなに興味津々なんだろう……?)
リアーヌはニコニコと笑いながら話を聞いているフィリップたちの顔を見回しながら、必死に口角を上げつつ会話をこなしていく。
(――まぁ、私からしたらサンドバルの村に行ってた時には、そんなそぶり全く見せなかったくせに、帰ってきた途端「前の職場辞めてきたんで雇ってください」ってうちに押しかけて来たオリバーさんに興味津々だし、いつの間にかアンナさんとの婚約まで決まってて、本当に詳しい話を根掘り葉掘り聞きたい所なんですけれど……――私的にはアンナさんに一目惚れして押しかけて来た説を押してるんだけど、ご近所のおばちゃんたちが話してた、前の職場でやらかしてうちに転がり込み、手っ取り早く雇ってもらうためにアンナさんに求婚したって説も否定しきれないんだよねー……――あの人なんか、他の護衛の人に比べてちょっとチャラいし……――いや無いな、ヴァルムさんがそんな男とアンナさんの結婚を許すわけが無いし! ――……じゃあ、やっぱり一目惚れなんじゃなーい……?)
「――では来年は、ご夫妻になられているだろうそのお二人がリアーヌ様に付くことになるのかな?」
「……今のところ、そうなると聞いてますけど……?」
少し嫌な感じのする笑顔を浮かべたフィリップに、リアーヌは少し身を引きながら笑顔を口角を引き上げながら、曖昧に頷いた。
そんなリアーヌの態度が明言を避けたように見えてしまい、少し目を見開き驚いたような表情を浮かべたフィリップは、面白そうにニンマリと笑顔をさらに深くしながら話を続けた。
「――陛下に仕えるオリバー・ハイツマンといえば、侍従の中でも随分と優秀な方だと聞きます。 やはりゆくゆくはご嫡男であるザーム様付きになられるのかな?」
リアーヌはフィリップの言葉にギョッと目を剥く。
(陛下の侍従⁉︎ ……え、人違いじゃ無い? もしくは同姓同名。 ――あんなチャラいのが陛下の侍従とか。 大体、そこまでの地位を捨ててこられたってうちだって困るし……)
「それはそうでしょう。 ねぇリアーヌ嬢?」
「え、あー……なんかそんな話も出ていましたね?」
考え事をしていたリアーヌはパトリックに重ねてたずねられ、あまり深く考えずに頷いていた。
それはオリバーが使用人になった今でも、ボスハウト家の人手不足は深刻であり、ザームが二年になるまでに護衛が決まらなかった場合はオリバーを貸し出すという話を聞かされていたためだったのだが――
リアーヌの答えにフィリップたちは、ウソかどうかの判別が出来るギフトを持つイザークへと視線を走らせる。
かすかに、しかしはっきりと頷いたイザークに、フィリップは目を細めパトリックはグッと唇に力を込めた。
――どうやら、オリバーがボスハウト家に入った事実と、ボスハウト家ではなくリアーヌに仕えるのでは無いか? という情報を得ていたフィリップたちは、その優秀な侍従が将来、リアーヌに付いてラッフィナート家に移るのかどうかをハッキリさせたかったようだ。
……現段階でそんな話を聞かされておらず、質問自体まともに聞いていなかったリアーヌは、幸運なことに意図せずボスハウト家の重要な情報を秘匿することに成功したのだった――
(そう言えば、来年から一緒に学校に来る予定のオリバーさんが、私の護衛がてらザームのために人脈作りもする――みたいな説明もされたんだけど……大丈夫なんだろうか……? せっかくオリバーさんが作ってくれた人脈、あの子入学早々にぶち壊したりして……――入学当時の私のように……)
リアーヌは目の前に置かれたカップを慎重に持ち上げゆっくりと口元に運びながら、遠い目で窓の外を眺めながら、こっそりとため息をつくのだった。