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「……異国の本かしら? 見慣れない装丁ね⁇」
ビアンカはリアーヌに手渡された本を興味深そうにまじまじと見つめながらたずねる。
「アウセレの本。 この国の本は和紙って呼ばれる植物紙で出来てるんだよ」
「和紙……」
そう呟きながら和紙と糸で作られた本の表紙をゆっくりと撫でるビアンカの横顔を眺めながら、リアーヌはアウセレについて思いを馳せていた。
(このゲーム……ってかこの世界? いわゆるなんちゃって中世なんだよねー。 中世っぽい格好に生活水準なんだけど、当然のように現代の日本人が作ってるから、中世には無かったものとか文化とかが、そこかしこに散らばってて……バレンタインデーはチョコをあげて愛の告白! とか、下町だって水洗トイレに下水道は完全完備とか⁇ そういえばゲームの中じゃ無かったけど、コラボカフェやった時は、お正月の着物仕様だったり、海の家の水着仕様だったりしたな……? ――あの新規絵は神だった…… でもゲームとは全然世界観が違ってたから、世界観どうなってんだよー? って冗談半分にツッコミを入れてる人はそこそこいて、そのアンサーとして出されたのが、このゲームの舞台であるディスディアス王国の西側の海を越えると、とある島国があって、そこから来た文化なんですねー! っていう情報だった。 ……そこからは様々なゲームユーザーたちからの世界観に対する殆どの質問に「西の国の文化です!」って言葉を返し初めて……――ファンブックにきっちり“アウセレ”って国名と、それなりの量の設定を載せてきた時は、界隈がざわついたものだよ……――期待はしてたけど本当にあって良かった! 天使が出しゃばらない本、本当に読みやすい‼︎)
「――これは料理の本なの?」
リアーヌがアウセレに思いを馳せていると、ビアンカが興味深そうにペラペラと本を巡りながらたずねてきた。
(――? 表紙に豆腐って書いてある……あ、豆腐を知らないのか!)
「これは豆腐って食べ物を使ったレシピ集だよ。 百珍って書いてあるから本当に百種類乗ってるのかもねー」
「……あなたアウセレの言葉が読めるの?」
「……うん?」
「――違った? 今書いてあるって言ったから、てっきり……」
「あ、いや……読めるけど……?」
リアーヌは疑問符で頭の中をいっぱいにしながらビアンカの言葉に首を傾げながら答える。
「……あなた本当に座学は優秀よね……?」
ビアンカはとても人を褒めているとは思えないほど眉を寄せ、不可解そうに呟いた。
(問題文の穴埋めるような問題は比較的得意ー……――じゃなくて! ビアンカこの文字が読めてない――……)
リアーヌはそう思いながら目を落とした本の表紙を見つめて目を見開いた。
(――あ、そっか。 これ日本語だ……私、無意識のうちに日本語を読んでたんだ……)
リアーヌは外事実に愕然とした表情を浮かべながらジッと本の表紙を見つめ続けていた。
「……そこで黙られると、私が意地悪言ったみたいでしょう?」
本に視線を落としたまま、なにも言わなくなってしまったリアーヌの様子に、ビアンカは気まずげにそうに言った。
(言葉だけ聞いたら、まんま意地悪だった気がしなくも無いんですけれどね……?)
そんなことを考えながらも、パッと本から顔を上げると、ビアンカと視線を合わせヘラリ……と笑って見せる。
「私ってば意外に語学の才能があるのかもしれない」
「――語学の才能があることは認めますわ……それで? この本にはどんな事が書いてありますの⁇」
リアーヌの冗談に呆れたように答えながらも本の内容が気になったビアンカは、催促をするようにトントントンと、本を指で叩きながらたずねる。
そんなビアンカの行動に苦笑いを浮かべながらもリアーヌは本の説明を始める。
「この本の名前は豆腐百珍。 中身は本当に豆腐料理レシピだけなんだけど、アウセレ国の地域別ごとに分かれてるのね? 地域ごとの特色が出てる料理のだったりして端と端じゃ全然違う調理方法だったり、逆にすごい距離があるのに似たような料理があったり……――ビアンカそうゆうの好きそうだなって思って……」
リアーヌの説明を聞きながら、ビアンカは興味深そうに大きく頷きながら本をパラパラとめくって行く。
「――地図も載ってるのね。 ……ふふ、作ってる途中の挿絵まで――とても素敵な本ね、大切に読ませていただくわ」
「うん!」
いつものお綺麗な笑顔ではなく、はにかむようなビアンカの微笑みに、リアーヌも満面の笑顔を作って大きく頷くのだった。
「あー……その、お礼ってわけじゃ無いけど……――私もあなたに渡すものが……」
楽しそうに本を眺めていたビアンカが、ふと顔を上げ、言いにくそうに一通の手紙を差し出しながら言った。
「……招待状」
その手紙を受け取りながら嫌そうに顔をしかめ、どこか責めるような視線をビアンカに向ける。
そんなリアーヌの視線には気がつかなかったフリをして、ビアンカは少々強引に説明を始める。
「またご近所さんたちで集まりましょうって話になって……――前回はとてもお話が盛り上がったから、またあなたもぜひにって……」
「……またなにか披露しろって言われる系……?」
前回のお茶会での話を持ち出され、嫌な予感を覚えたリアーヌは探るような視線をビアンカに向けた。
「――……いいこと? これは友人としての忠告よ。 必ずゼクス様を連れていらっしゃい。 それが難しいならあなたもすぐに予定を詰め込むの」
「……え、そんなんアリなの?」




