164
しかしボスハウト家にとって、リアーヌの優先度は低い。
決して蔑ろにされているわけでは無いが――人手が圧倒的に不足しているボスハウト家の現状で、一番の危険に晒されやすいのリアーヌであり――オリバーはそれを見過ごすことが出来ないのだろう。
「――主人から選ばれるべき使用人の立場で、好き勝手言ってるのは重々承知の上ですけど……それでも俺は、この王城で血筋そのものに首を垂れるより、お嬢様の笑顔を守りたい。 ……出来ることならばすぐそばで」
「……ラッフィナートに受け入れを拒否されたら戻ってこい。 下働きからこき使ってやる」
トビアスはオリバーの意志が予想していた以上に固いことを理解すると、軽く息をつきながら、からかいを含んだ声色で肩をすくめた。
近い将来ボスハウト家を出て行くリアーヌ。
おそらくオリバー自身はついて行くことを希望するだろうが、その希望をボスハウトやラッフィナートが了承する保証はない。
……もっと言ってしまえば、新妻の後ろで目を光らせ続ける男の使用人など、旦那からしてみれば、邪魔者以外の何者でもない。
だからこそトビアスは、冗談めかしてでもオリバーに「いつでも戻って来ればいい」と、声をかけたのだが――
(……そもそもボスハウトに雇ってもらう所から、なんの保証も無い話だからな……)
「――メイドや侍女じゃ取り除けない危険がそこかしこに転がってますんで、割と重宝してもらえるんじゃないかと踏んでるんですけどねぇ?」
オリバーは少し困ったように肩をすくめながら答える。
「――……エビか」
オリバーの様子に一つしか心当たりが見つからなかったトビアスは、大きなため息つきながら視線で確認を取る。
二、三回小さく頷きながら困ったように、しかし楽しそうに微笑みながらオリバーは口を開いた。
「隙あらば赤ん坊の如く口に入れますよ。 あのお姫様は」
オリバーの言葉にトビアスは再び椅子の背もたれに体重を預けるように沈み込むながらしみじみと言った。
「なんともまぁ、ずいぶんと規格外なお方がお生まれになったようだ……」
「そりゃあ豪運のギフト持ちが授かったお子様ですからね? 我々凡人から見れば規格外となってしまうでしょう」
「――ギフトの能力も規格外だからな……」
トビアスの複雑な心境を吐き出すような呟きに、オリバーもそっと目を伏せた。
リアーヌの持つ【コピー】の能力を王家が欲することが無いようにと、祈りを込めながら。
そして、そんなオリバーの姿を眺めながら、トビアスは冷静に状況を分析していた。
(妻のそばにいる男の使用人を邪険に思わなくする方法はある……そしてそれは私にとっても好都合だ)
心の中で考えをまとめ上げ、満足げな笑みを浮かべるトビアス。
自分が仕えている国王に絶対の忠誠を誓っているトビアスではあったが、この王城でその地位を守ろうとするなら、何事も政治に結びつく。
その方面に目を光らせアンテナを張っていなければ、誰であろうと簡単に失脚出来てしまえるのがこの王城だった。
国王が気に入り、着々と財産を増やし続けているボスハウト家、そして有能と名高いヴァルムともこれまで以上に強いつながりが出来る――
そして、もしもの時はぜひ陛下のためにその能力を奮っていただきたい――
そう考えを巡らすのは、トビアスにとってごくごく自然なことであった。
――この報告会から数日後。
オリバーとアンナの婚約が整うこととなる。
これは、各々の考えや望みがうまく噛み合った結果であり、多くの人々から歓迎される婚約となったのであった。
◇
夏休暇も終わり、久々の再会を果たしたリアーヌとビアンカ。
昼休憩では、そろそろ定位置となりつつある、中庭のベンチに腰掛けながら夏休暇の間の出来事を報告しあっていた。
「……私てっきり貴女は読書が苦手なんだと思ってましたわ?」
「――読書はわりと好き。 でもこの国の本は天使がうるさいから嫌い」
「……じゃあ何を読みますのよ?」
「好きなのは生物図鑑と植物図鑑と鉱物図鑑。 あ、辞書も意外に楽しい」
(普通の生物や植物がほとんどなんだけど、たまにザ・ファンタジーが混じってて、それを見つけた時の喜びったらないよね! 本当にごくごく稀にゲームに出てきた植物や鉱物なんか発見した日にゃ大興奮だよ‼︎)
「――思った以上にまともな答えが返ってきだわね……?」
「あー、意地悪言うとお土産渡してあげないんだからー」
リアーヌは尖らせた唇を見せつけるように顔を近づけ、ビアンカの顔を下から覗き込むように見つめた。
「あら、すでに沢山届けていただいたけれど?」
「あれはうちのお金で買ったやつで、これは私のおこずかいから出したものだから別なのー」
唇を尖らせながら、バックの中に手を入れてお土産を探しているリアーヌの言葉に、ビアンカは(それのどこに大きな違いがあると言うのかしら……?)と考えながらも口には出さず、リアーヌが目当てのものを取り出すまで静かに待っていた。




