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思い悩むトビアスに向かい、オリバーは言いにくそうに言葉を選びながら声をかける。
「……生のエビは阻止できても、下町のご婦人のソレは阻止出来無いと思われますが……?」
「…………それもあったなぁ?」
「はい……」
テーブルに頭を擦り付けるかのように項垂れたトビアスに、オリバーは場違いだとは思いながらもニヨニヨと歪む口元を抑えられなかった。
(報告一つで、この方にここまでダメージ与えられるなんて……すげぇことだぞお嬢)
オリバーは心の中でそう呟きながらもトビアスが顔を上げる気配に、キュッと唇を引き結んだ。
「――女性はやがてご婦人になっていくものだ。 それが早すぎるからと言ってそこまで文句を言う者たちばかりではないだろう⁇」
トビアスは自分自身に言い聞かせるかのように言っているが、そんなトビアスにオリバーは気の毒そうな視線を向け、心の中でため息をついた。
(……問題になるのはご婦人のほうじゃなく、下町ののほうなんですけどねー……?)
「……村での視察の際、お嬢様は多くの住人たちと交流を持たれていた――とご報告致しましたが……はっきり申し上げますと、あれは近所の人間が一塊になってやる、井戸端会議です」
「……お前やメイドもいたんだろう? そんなご令嬢が田舎の村人に受け入れられると……?」
「――見た目的には村人たちと遜色ない服装でしたし、護衛対象がそうなりますと、俺たちも合わせないわけにはいきません。 護衛対象は村人に馴染んでいたが、周りの格好で丸わかりだった――なんて笑い話にもなりませんから」
「……格好を変えても、その……――生まれ持った貴品のような……分かってしまうものだろう⁉︎」
「……確かに普通のご令嬢でしたら分かるでしょうが、お嬢様の場合本質がそちらですので……――いや、決して気品が無いなどとは申しませんが……」
話の途中で流石に失礼すぎると判断したのか、オリバーは言葉の後半をゴニョゴニョと口の中で転がしてごまかした。
「本質がそちらか……」
「……村人たちになんの迷いもなく、おっちゃんおばちゃんと呼びかけ、時には初対面の相手であってもスルリとその輪の中に溶け込んでいました……正直、その手管を伝授してほしいと思ってしまうほどには、ごくごく自然に馴染んでいらっしゃいましたよ」
「――……それらを全て演技であると説明すればあるいは……?」
「……無駄だと思いますよ⁇」
オリバーはトビアスが頭を捻って考え出した案を一蹴すると、呆れたように肩をすくめた。
「……思ったままに行動する方なんです。 笑うことも怒ることも、悪いと思えば相手が誰であろうと頭を下げる。 その心のままに……――村人が“嬢”と呼ぶ声に笑顔で答えるような……そんなお方ですよ?」
「無駄そうだが……――お前はそうは思ってはいないようだな?」
ため息を吐きながら答えたトビアスは、ニヤリと笑って揶揄うような視線をオリバーに向ける。
そんなトビアスに、オリバーは少し目を見開き、驚いたような表情になったのち、ゆっくりと破顔しながら口を開いた。
「――はい。 俺は好ましいと感じています……――自分でも知らない間にそう感じてたんで、あの方意外に凄いッスよ? ……初めは、尊き血筋だってことすら認めたくないレベルでしたけど……――なんの躊躇も無く心の内を晒して……けれど、必死に貴族であろうとするお姿を見続け、気がつけば――守って差し上げたいと思っていました」
オリバーはまるで自分の恋心を告白するかのように、はにかみながら、しかし胸を張って誇らしそうに答える。
「――人を選ぶお方か……」
トビアスは先ほどのオリバーの言葉を思い返しながら、ため息混じりに言って椅子の背もたれに身体を預けた。
「はっきり分かれるでしょうねぇ? 正直、忠誠を誓えないなら可愛いモンだと思いますよ? 拒否反応するやつは王族とすら認めたくないってほどの反応見せそうですし……――まぁ、見る目が無いだけなんですけどねー⁇」
「――お前には目をかけてきたつもりだが、ずいぶんあっさりと決めたもんだな?」
トビアスは、オリバーがすでに王城を去り、ボスハウト家へ就職する覚悟を決めているようだと理解すると、苦笑混じりに肩をすくめる。
相談の一つくらいあっても良さそうなものだろうに……と心の中でグチを言いながら。
「――ヴァルム様の気持ちも分かってるつもりですが……使用人が圧倒的に不足してます」
「――だろうな」
「……一番に切り捨てられるのはお嬢様です」
苦々しく顔をしかめながら答えたオリバーの言葉にトビアスも似たような表情になり口を開く。
「ヴァルムにそんなつもりはあるまい」
「しかしそうなります」
「……妥協し、使用人を増やすという話に落ち着いたはずだ」
「……それでもあの方の護衛が増える保証はありません。 ヴァルム様にとっては一番に守る方はご先代の子爵夫人であるカサンドラ様、そこから現子爵夫妻、ザーム様……そしてお嬢様です」
「――そこまで明確に区別しているとは思えないが……まぁ、お前の言いたいことは理解できた」
オリバーはリアーヌを守りたいのだ。
ボスハウト家よりも彼女を。




