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「――側に付くにあたり、一番衝撃を受けるのは食い意地だと思いますけどね……?」

「生のエビをそのままか……」


 そう言ったトビアスは魂すらも吐き出してしまうのではないかというほどに深い深いため息を吐き出す。


「……――悲鳴を上げることはあっても、口に入れるなんて夢にも思わなかったんで、止める暇も……」


 オリバーはそう言いながらも苦々しい表情を浮かべている。

 それでも自分だけがリアーヌの護衛を務めていたあの状況下で、彼女の奇行を止められたのは自分だけだったと理解しているからだ。

 

(――未熟者。 お嬢が無事で済んだのは結果論に過ぎないぞ……)


「――理由をつけて潰すか?」


 海鮮物を生で食べる文化のないこの国で、事故のようなものだったとはいえ、王族の姫君に生のエビを食べさせた店だ。

 それだけの理由があり、トビアスの立場ならば、言葉一つで潰せるだけの力を持っていた。


「……元凶は店ではなく、そこに来ていた客のアウセレ人たちなんですよね……しかもお嬢様自身が「美味しい!」って声高らかに宣言しちゃってるんで……万が一にも話がこじれた場合、かなりの不名誉になり得るかと……」


 トビアスはオリバーがリアーヌをお嬢様も(・・・)と称したことに驚き、軽く目を見開いたが、その様子から無意識に出た言葉なのだと理解して、オリバーには気が付かれないよう口元を手で覆い、面白そうに口元を歪ませた。

 そうしながらも、耳で拾っていたオリバーの言葉に顔をしかめ、唸るような声を上げる。


「……お気に召してしまわれたか。 そうなると万が一裁判に持ち込まれると……それが事実であることが公になるな……?」


 この国の正式な裁判には、嘘を見抜くギフトを持っている者が双方の証言を聞きながら、事実がどこにあるのか? どちらがウソをついているか⁇ と、事実を見極めるという手法を取っている。

 そして加えて言うならば、こう言った正式な裁判に貴族階級の者たちが参加する場合、多くの国民の関心を勝ってしまうことが多かった。

 ――そんな裁判でリアーヌが生のエビを食べ「美味しい!」と声高らかに宣言したことが事実となってしまえば、人々は面白おかしくそれを吹聴して周り、リアーヌの名誉に決して無視できないほどの傷を作るだろうと、簡単に予測することが出来た。


「……止めておくか」

「……それがよろしいかと」


 裁判にまで発展してしまうことが、ごくごくわずかな可能性であることはトビアスも十分に理解していたが、その僅かな可能性を見逃しリアーヌに傷を付けるわけにはいかない。


 ――もう随分と長い間、国王の筆頭執事を務めているトビアスは知っていた。

 国王陛下が一風変わったボスハウト家の面々を、殊更気に入っているのだということを――


「――……実際、美味いのか?」

「……生のエビですか?」


 ふっと沸き起こった好奇心からトビアスはオリバーに質問をぶつける。

 知的欲求が盛んなこの男ならば、目の前で護衛対象が口にして、なおかつ美味しいと称した異国の食べ物を口にしている可能性は高いと当たりをつけていた。

 その予感は的中していたようで、オリバーは自分からの質問に、気まずそうに鼻をいじっている。

 その姿を見たトビアスは、自分の考えが的中していた満足感からか、ゆったりとした態度でオリバーからの答えを待った。


「……実際、味は悪くはありませんでした」

「悪くないのか……――そう言われればあちらの料理自体はこちらの国でも人気が高いのだから、味覚的には変わりはないのか……」

「――ただ……」


 少し興味を持ったトビアスに向かい、オリバーは言いづらそうに続け、伺うような視線を向けた。

 イヤな予感を覚えつつも、トビアスは視線で話の続きを促す。


「……食感は虫のソレだと感じました」

「…………むし」

「…………はい」

「…………むし?」

「…………大丈夫ですか?」


 何者かに操られた傀儡かのように呆然とした状態でうわ言のように同じ言葉を繰り返すトビアスに、オリバーは少し近寄りながら、心配そうに顔を覗き込むように身を低くした。

 その動きで我に返ったトビアスは大きく息を吐きたし、そして数回咳払いをしてからようやく姿勢を正す。


「――しかし、まぁ……生のエビなど口にする機会はそうそう無い。 加えて二度目は回りとて警戒している――その姿を目撃することは無いと思い、人員配置の検討を続けるのがいいとは思わないか?」


 トビアスは視線を彷徨わせながら、懇願するかのように下手な愛想笑いを浮かべ続けるオリバーに声をかけた。


 この国のこの王城で働く者たちの多くは、幼き頃より訓練を受け、貴き血筋に忠誠を誓っている。

 その忠誠は時に、トビアスのように王族のだれか個人に向けられることはあるが、基本的には王族の血筋全てに忠誠を誓っている。


 ――しかしながら仕える者の側にも“好み”や“好き嫌い”と言うものは存在する。

 例え国王のお気に入りであったとしても、自分が忠誠誓えないような相手を命をかけて守るような者を見つけることは難しいだろう。


(――逆に言うならば、そんな忠誠を誓った者たちが数人でもいれば、その当時の国王や周りの人間の目を全てごまかし、マルガレータ様のように事故死したと見せかけることも可能なんだろうが……)


 そこまで考えて、トビアスは再び国王のことを思い、ため息をついた。


(陛下の願いを叶えて差し上げたいが……こればかりは……――生のエビを平気で口に放り込むご令嬢を、尊き血をひく王族の一員だと認める者がどの程度現れるか……)

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