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――ただし、その中にごく稀に生まれてくる、貴き血筋を名乗るに値しない者ならば例え非公式だったとしても、王族の一員とは認められない。
(……ヴァルムはそれを願っていたのやもしれんがな……――しかしマルガレータ様のお孫様であるならば、今もなお正しく王族であるが……――さて、オリバーはどう見たか……)
「――……どーなんスかねぇ?」
たっぷりの時間をかけたのち、オリバーは少々投げやりな様子で答えた。
「……なにか気になることが? それとも今回だけでは不十分か⁇」
「いやぁ……――正直……人を選ぶ方だな……と……」
オリバーは言いにくそうに、自身の頭をガリガリとかきむしりながら言葉を濁した。
この言葉は性格に難があったり、独特な感性を持っているがゆえに、相性の悪い使用人もいるから、つけるべき人選は慎重にならねばならない……といった場合に使われる言葉だった。
「ほう……? あのヴァルムがボスハウトの令嬢であると認めているのにか⁇」
ヴァルムと付き合いの長いトビアスは、彼の目の厳しさも良く知っていた。
その彼が、そんな難しい性格の者をボスハウト家のご令嬢と認めるわけがない――そう考えていた。
(……となると、後者のほうか……?)
「……それはおそらく、ヴァルム様だからこそなのだとは思いますが……」
「……そこまで立ち振る舞いには難があるか?」
「――知識としては知っているのだと思います。 ……しかし実際にやるとなると……まぁ、周りがフォローするならば問題は起きない……程度でしょうか?」
「――そういう報告は受けている。 しかし、その辺りもラッフィナートの小僧はうまく采配しているんだろう?」
「まぁ……」
「……分からんな? その程度であれば、むしろ皆が手を尽くすのではないか? どうにか盛り立てて差し上げようと――」
「いやぁ……⁇」
オリバーはトビアスの言葉を否定するように声を上げ、大きく首を捻った。
「――分かるように話せ」
いっこうに要領を得ないオリバーの態度に、トビアスは眉間にシワを寄せながら、短く言った。
「――……俺個人として、リアーヌ様に含むところなどありません。 素晴らしい商才をお持ちで、心優しく、家の利益を守る大切さも知っていらっしゃる――ただ……」
そこまで言ってオリバーは眉をへにょりと大きく下げる。
トビアスは無言で頷き言葉の続きを促した。
「――ただしその言動は……庶民の――下町に住んでいるようなご婦人のソレと一緒です……」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙の時間が流れ、トビアスとオリバーは微妙な顔つきのままに見つめ合う。
「……――ご婦人というのはあれか? 学校を卒業したばかりの――」
「いいえ。 いわゆるおばちゃんのソレです」
「……リアーヌ様はまだ16歳だぞ……?」
ヒクリ……と頬を引き攣らせるトビアスに、オリバーは苦笑をもらしながら肩をすくめ口を開いた。
「――……これに関しては仕方がない部分もあると思います。 ご両親を助けるため、幼少期から大人に混じって働いていたらしいですから……――まぁ、耳年増になりやすい環境だったんだと……」
「耳年増……」
トビアスはヒクヒクと頬を引きつらせ続けていたが、オリバーは構わず話を続けた。
「せめて商家や準貴族家のご令嬢程度の言動をしてくれたなら……と嘆かずにはいられません……」
「――そこまで……そうか……」
「その……全く出来ない訳ではないというのが、また障害になると言いますか……」
乾いた笑いを浮かべたオリバーにトビアスは無言で続きを促す。
「――気合を入れれば出来ている時もあるので、あちらが素のお姿なんだろうな……と、簡単に理解できてしまいます」
「――その姿が……下町のご婦人か……」
「はい……――ヴァルム様だったからこそ、理解して差し上げられたんだと……」
「――心根はお優しいお方なのだろうが……」
トビアスはそう呟きながらも心の中で(だからと言って下町のご婦人のような娘を王族の一員と認めら忠誠を誓える者たちはどの程度いるのだろうか……?)と悩み、頭を押さえつけるように抱え込んでしまった。
オリバーはそんなトビアスの様子に自嘲気味に肩をすくめると、視線を伏せながら独り言のように話し始めた。
「……正直な所――俺の第一印象も、ヴァルム様も年取って気弱になったんだろうなー……ってなモンでしたよ……――イヤむしろ、ヴァルム様から接触禁止命令出されてもなお、心のどこかで影武者かも知れない……って疑ってましたねー」
「そこまでか……」
「――食い意地は張ってるわ、奇声はあげるわ……――下町の娘っ子だって、ラッフィナートの坊の隣に立ったら、もう少し淑やかでいますよ」
「……奇声も出すかぁ」
トビアスはオリバーが、聞いたことがないほど情けない声でため息混じりに言った。
「もちろん常日頃じゃありませんよ? けれど今は感情を押さえつけなくても構わないと判断すればたびたび……」
「そうか……」
ガックリと項垂れてしまったトビアスを少々不憫に感じながらも、オリバーはさらに言葉を続ける。




